(30)
目が覚めると、見たことのない天井が目に入った。
----ここは、どこだろう?
起き上がろうとして体を動かしたところ、全身に激しい痛みが走った。
----痛っ..私、どうしたんだっけ?
消毒薬の臭いがして、簡素で清潔な部屋の様子から、どうやら病室にいるようだと気がついた。
----そうだ!思い出した...私、パーティーで...
コンコンとドアをノックする音がして、誰かが入って来た。確認しようと体を横向けようとしたが、痛くてうまく動かせない。
「キラ、気がついた?!良かった...まだ無理に動かないで。」
ひょいとアレンが私の顔を覗き込んだ。優しい笑顔を浮かべているが、少し疲れているようにも見える。
「アレン..」
「まだ痛いだろ?酷い怪我をしてるんだ。まだ動くのは無理だよ。」
アレンは、私の額にそっと手を置きながら微笑む。
「..あれから..どうなったの?」
聞きたいことはたくさんある。
何が起きたのか?クラーク殿下は、どうなったのか?あれは何だったのか?
「クラークは大丈夫だよ。かすり傷だけだ。キラおかげでね。」
「良かった...。あれは..何...?」
「.....まだ、調査中だ。何も分かっていないんだ。クラークが狙われたのは間違いないが..。キラ、あの時、何か見た?」
「...よく分からない..黒い影が天井を飛んで....シャンデリアの方へ..それで...」
「そうか..。キラ、いいよ。また今度、ゆっくり話そう。」
「それより、傷を診るよ。」
そう言ってアレンは、私の足元のブランケットと衣服をめくって、左足を太腿までむき出しにした。
「えっ!ちょっ...ちょっと..いっ..痛たた...」
慌てて足を引っ込めようとするが、ズキンと体中に痛みが走って悶えてしまう。
「やだ!やめてっ。恥ずかしい!」
「駄目だよ。おとなしくして。」
アレンは有無を言わせず、涼しい顔で私の太腿に手を置き、巻かれた包帯を外していく。
「やだ...何でっ?!」
「僕はキラの担当医だよ。僕は、この学園で一番の医療系魔法の使い手だからね。」
そう言って足の傷を確認すると、真剣な顔つきで傷口に何かの魔法を当てているようだった。
そして、静かな口調で話し続ける。
「キラ、本当にもう無茶はしないで。魔法だって何でも出来る訳じゃないんだよ。今回のことだって....運が悪かったら、死んでしまっていたかもしれない..。今だって僕にできるのは、傷の痛みを和らげたり、治りを早くするような魔法を使うことだけ。それに...この傷は痕が残ってしまうかもしれない..。すまない..。」
「...アレン、大丈夫よ。アレンが謝ることじゃないし...。こんな所に傷があっても、どうせ誰にも見られないんだから。」
アレンは呆れたように、軽くため息をつくと、ニッコリと不適な笑みを浮かべた。
「.....そうだね。僕以外、誰も見ないよね!」
「へっ?...いや......」
---なんだか変な汗がでてきた。どう答えていいか分からないし...。てゆうか、私、こんな格好をアレンに見られて、触られてるって..いくら治療でもあり得ない..なんで?どうしたらいいのよ!
アレンの手が足に触れる度に、心臓がドキドキして恥ずかしさで頭がパンクしそうだ。
アレンは治療を終え、包帯を巻き終わると、傷口に手を当ててスルリと優しく撫で始めた。私は、思わずビクッとして体が硬直する。触れられた傷口が暖かい。
そしてアレンは、おもむろに傷口に顔を近づけ、そっと口づけをした。
「ひゃぁっ!..な..何!?」
慌てて足を引くけれど、がっちり押さえ込まれて動けない。
「暴れないで!痛み止めの魔法だよ。こっちの方がよく効くから..」
そして、フフフッと楽しそうに笑う。
「でも、こんな恥ずかしいことされたら、キラはもう他所にはお嫁に行けないね。」
アレンはからかうようにそう言うと、チュッチュッと何度も何度もキスを続けた。
「ひっ....」
私は耐えられなくなって、ブランケットを頭の上まで引っ張り上げた。恥ずかしくて泣きたくなる。火照った顔が熱い...。
でも、アレンの唇が触れたところから痛みがスッと消えていくのが分かった。同時に体が軽くなっていく気がした。
ようやくアレンが手を離してくれた時には、すっかり痛みが無くなっていた。アレンは足元のブランケットをそっとかけ直しながら、尋ねてくる。
「終わったよ。どう?少し楽になった?」
恐る恐るブランケットから顔を出すと、アレンが私の顔を覗き込んでいた。いつもの深い青の瞳で、可笑しそうに笑っている。
----もう!いつもそうやって私のことをからかって...。絶対、面白がってるよね。酷い!アレンは人たらしだから、こんなこと慣れてるのかもしれないけど!
でも、いつもと変わらないアレンの態度に安心した。小言を言いながら、最後は笑ってくれる。私のことを大切に思ってくれているのをひしひしと感じて、胸がきゅんとなってしまう。
こんな面倒な幼馴染みで申し訳ないと思いながらも、気遣ってもらえることがすごく嬉しい。
「うん。すごく楽になった..。ありがとう。」
アレンは笑顔で頷く。
「一時的に痛みを抑えているだけだから、あまり動き回らないでね。また痛くなったら教えて。じゃあ、また来るから...。後で看護師に何か簡単な食事と飲み物を持ってきてもらうよ。」
「アレン..」
部屋を出ていこうとするアレンを引き止めて、私は思ったことを口にした。
「あの...もうすぐ長期休暇だし、私、もう、家に帰ろうかなって思うんだけど..」
アレンはベッドの脇に立って、少し気まずそうに私を見おろす。
「あー...。キラ、忘れた?君はまだ外出禁止の処分中だよ。それに..今回の件で、キラには長期休暇中も学園に残ってもらうことになったから。」
「へっ?!...........嘘...」
「大丈夫、僕も一緒に学園に残るからね。サザーランド伯爵とロイドも承知しているから心配ないよ。」
「ちょっと!何それっ?!私、そんなの承知できないーっ!休暇楽しみにしてたのに〜。なんでよ?!」
猛抗議をする私を尻目に、アレンはハハハッと楽しそうに笑いながら、
「また来るね。」
と言って、さっさと部屋を出ていった。




