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セーヌ橋の事故から1週間ほどして、マリアンヌは学園に戻ってきた。マリアンヌのお祖母様は、一時危ない状態だったけど、奇跡的に持ち直したらしい。私達の香炉の効果だったら嬉しいけど、そこは、まだまだ検証が必要かな。
いずれにしても、マリアンヌが元気に戻って来てくれたことで、サーヤもミアもショーンも、それだけで満足だった。
今後は、試作品の香炉を皆で順番に使ってみて、効果を試してみて、改良を重ねていこうと決めた。
学園では今、毎年、夏の学期末に開かれるダンス・パーティーの話題でもちきりだ。パーティーは、普段は王室関係者しか入れないロイヤル棟のホールが開放されて行われる。ロイヤル棟には、王太子が学園滞在中に生活している居室などがあるのだが、年1回、この日だけは学生達が王室から招待されるというわけだ。
ダンスには男女ペアでの参加が基本で、学生達はこの時期、パートナー探しに必死だ。この日ばかりは、華やかなドレスを身にまとい、ダンスに参加する学生が多い。ダンスを踊らない学生達は、自由にテラスのパーティースペースで食事やおしゃべりを楽しむことができる。
私はもちろん、制服で参加して食事を楽しむつもり。王室主催のパーティーの食事は特別に美味しいと評判なのだ。
当日は食事をしながら、マリアンヌ達と一緒に、夏の休暇中のバカンス兼研究調査の計画を立てる約束をしている。私は、友人達と一緒に過ごすパーティーは初めてだから、本当に楽しみ!
その日、私はトーマス先生に頼まれた資料を図書室で探して、先生の研究室に届けることになっていた。
以前、先生のお使いをしたことをきっかけに、時々トーマス先生のお手伝いをするようになっていた。トーマス先生は、古語が専門だが、古い伝承やおとぎ話などにも詳しく 、興味深い話をたくさん教えてくれる。そして、先生の話では、どこかの地方に魔女に関する古い言い伝えが残っていて、どこかにその資料があったはずだというのだ。だから、私も先生のお手伝いをしながら、その資料を探したりしていた。
なんせ先生の研究室は、色んな資料や本などが雑然と積み上げられているものだから、探し出すのも大変なのだ。
私は、先生に頼まれた本を何冊か見繕い、研究室に届けようと廊下を進んでいた。
歩き始めてすぐに、
---しまった..本の量が多すぎたな。あれもこれもと選び過ぎちゃった。もう少し減らせば良かった...
と後悔した。本を抱える両手が、重さでプルプルしてくる。
仕方がないので早足で廊下を進んでいると、後ろから不意に声をかけられた。
「手伝うよ。」
後ろを振り向くと同時に、持っていた本をヒョイと取り上げられた。
「アレン..」
----何で?何でアレンが研究科棟にいるんだろう...
「どこまで持って行くの?僕も研究科の先生の所にいく用事があるから、一緒に行くよ。」
「トーマス先生の研究室...あの..ありがとう。でも半分持つわ。」
「いいって。」
「ありがとう...あの、この間も..」
アレンは私を見てニッコリ笑う。
「もう風邪は治った?」
「うん。おかげで、ぐっすり眠れたから..。」
「良かった。」
穏やかなアレンの表情を見て、少し安心した。この間は、すごく怒っていたから..。
そう言えばいつもそうだな...私が何かやらかすと、アレンはすごく怒って助けてくれて...。最後は必ず何事もなかったように笑ってくれる。
「キラ、今度のダンスパーティどうするの?」
急に尋ねられて、一瞬何のことかと思ってしまった。
「えっ?」
「パートナーだよ。まだ決まってないなら..僕がパートナーになるよ。いや、決まっていても...かな..」
「アレン、忘れたの?私はダンス踊れないよ?」
あっけらかんと答えた私を、アレンは少し呆れた顔で見る。
「.......。そうだったな..。キラ、あれから全然上達してないの?」
「ええ。練習してないもの!」
「そんなに自信満々に言うことじゃ..。キラ、剣術よりダンスの方を練習しておいた方がいいんじゃないか?一応、伯爵令嬢だろう?」
「だって、踊れなくても困らないんだもの。必要ないってことよ。」
「いや..。これから何があるか分からないし..。」
「それはそうだけど...」
「じゃあ、キラはダンスには参加しないんだな。」
「ええ。テラスでマリアンヌ達と食事を楽しむつもりよ。」
アレンは、黙って微笑む。
----アレンは、私がまたひとりぼっちじゃないかって心配してくれたのね。
アレンの気持ちがすごく嬉しい。でも、アレンはアレンで私のことは気にせず、自由に楽しんでほしいと思う。
そう思って、思いきってアレンに言ってみる。
「アレン、私は踊れないから....イレーネ様を誘ったらどうかな?イレーネ様、きっと喜ぶと思うわ。」
アレンは、少しムッとしたように無言でチラリと私を見る。
また怒らせてしまったかもしれない...。
アレンは小さなため息を漏らす。
「いや。僕はダンスパーティの日は、クラーク殿下の護衛に徹するよ。本当のところ、クラークの周辺は不穏でね。学園の中でも何が起きるか分からない状況なんだ。キラが踊るならと思っていたけど、踊らないならクラークと一緒にいる。」
「学園の中でも?そんなに物騒なことになってるんだ...殿下も大変なのね。」
「そう。だからキラも十分気をつけて。」
「うん。」
「そうだな...。来年は一緒に踊ろう。先にパートナーに申し込んでおくよ。だからキラ、ダンスの練習しておいて。」
「来年...?」
来年アレンと一緒にダンスを踊るなんて未来が、私に来るんだろうか?と考えてしまって、ちょっと悲しくなってしまった...。
幸せな未来なんて、今の私には想像しちゃいけない気がする...。
黙り込む私を、アレンが心配そうに見ていることに気づいて、慌てて笑顔を作る。
「そうね。頑張って練習しておくわ。」
「......。」
アレンは信じられないという顔だ。
「何よ!」
「いや...。キラが僕の誘いを断らないなんて珍しいなと思って...。じゃあ、約束だよ。」




