(25)
翌日の気分は最悪だった。体がだるくて頭が少しボーッとする。
----昨日、体を冷やしてしまったから、やっぱり風邪を引いたかな...
でも、私は授業に出席した。セーヌ橋の事故がどうなったかを知りたいと思ったからだ。
教室に行くと、学生達は昨日起きた橋の崩落事故の話でもちきりだった。
----やっぱり..事故が起きたのね..
私はおしゃべりをしている学生達の方に近づき、声をかけた。
「大変な事故が起きたのね。事故に巻き込まれた人はいなかったのかしら?」
「そうなの。突然、崩れ落ちたそうよ。」
「でも、たまたま通行人はいなかったそうよ。良かったよね。」
「本当?良かったわ!」
----良かった。マリアンヌも無事のようだわ。他にも被害者がなくて安心したわ。
午前中の授業が終わった時、私は先生からすぐに生徒会室に行くようにと言われた。
----きたっ..昨日の件だよね。やっぱり何もお咎め無しという訳にはいかないか...生徒会室か...アレンかな...嫌だなぁ..
私はだるい体に鞭を打ち、重い足取りで生徒会室に向かった。
生徒会室で待っていたのは、やっぱりアレンだった。
私が生徒会室に入ると、部屋の奥にあるソファに座るよう促され、アレンの正面に座った。アレンから厳しい表情で見つめられ、緊張してしまう。
アレンは、ゆっくりと話し始めた。
「キラ、昨日のこと、何故勝手に学園を飛び出したのか、君はどうせ本当の理由を僕に話すつもりはないんだろう?」
いきなり核心を突かれ、動揺してしまう。
「...あの..えっと...」
アレンは、ふぅっとため息をついて続ける。
「いいよ。話せないなら無理には聞かない。」
「......」
「でもね。これだけは言わせて。」
「......」
「危ない真似はしないで!君に絡んできた男達。たまたま魔力も持たないゴロツキだったけど、王都にはもっと危ない人間がたくさんいるんだよ。あんな時間に一人で出歩くなんて!」
----えっ?アレン、何でそんなことまで、もう知ってるの?
「キラ、聞いてる?!」
「..はい..」
「今回の君の無断外出についての処分は、生徒会に任されたから。君は、今学期いっぱいは、外出禁止だよ。」
「..はい...」
「...それと..キラ、奴らをかなり脅して逃げてきたようだけど。そのせいで、奴らはキラのことを人殺しみたいに言いふらしてたんだよ。」
「へ?! ...そうなの?」
思わず、馬鹿みたいな声を上げてしまい、アレンにギロリと睨まれ、縮み上がる。
「もう対処したから大丈夫。ダグラス家の影を差し向けて、次は殺すって締め上げたから。これ以上は変なことはできないだろうね。」
アレンはニヤリと恐ろしい笑みを浮かべた。
「こ、殺す..?」
「大丈夫。ダグラス家の影は優秀だから殺るときは、絶対にバレないようにするから。」
----何で楽しそうに笑ってるの?殺すって..?怖い...やっぱりアレンが一番怖い..あの男達が気の毒になってきた...
何も言えなくなって、青ざめる私を見て、アレンは何故か嬉しそうな顔をする。
「もう軽率な行動はしないと約束できる?」
「はい!」
思わず返事に力が入ってしまった。アレンは満足げに頷くと、
「じゃあ、寮に戻ろうか。送るよ。」
と笑った。
「えっ?」
「熱があるんだろ?顔色が悪い..。今日はもう寮に戻って休むんだ。」
アレンに言われて、改めて体が熱いことに気がついた。
アレンと私が部屋を出ようとした時、生徒会室のドアをノックする音がして、イレーネ様が飛び込んできた。
「あ..あの..アレスフォード様。急いでご相談したいことがあるんです。今からお時間、いただけませんか?」
イレーネ様は、私とアレンを交互に見ながら、必死な面持ちだ。
----私がここに来ていることを誰かに聞いて、やって来たのかもしれない..。もうアレンに迷惑かけないって約束したのに...怒っていらっしゃるでしょうね...
「あの、アレン。私は一人で大丈夫だから...」
アレンはイレーネ様に柔らかく微笑むと、きっぱりとした口調で言った。
「イレーネ嬢、すまない。すぐに戻るから、後にしてくれ。」
そして、私の肩を抱いて生徒会室から出ると、そのまま寮に向かって歩き出した。
「あ..あの..」
イレーネ様のことが気になって振り向くと、イレーネ様は美しい紫の瞳を潤ませて私達を見ていた。私は罪悪感で心が痛んだ。結局、私は聖女様を苦しめる悪者にしかなれないのかな...。
「アレン...恥ずかしいから放して。一人で歩ける..」
「駄目。足がふらついてるよ。それとも抱いていこうか?」
「.........このままでいい...」
アレンはクスッと笑い、私の肩に置いた手に力を込める。
----本当に意地悪!何を考えているのか全然分かんないし...
もう、午後の授業が始まる時間だったので、途中、学生の姿はほとんど見かけなかった。
女子寮の玄関に着くと、アレンは私の顔を覗き込んだ。そして、何かを呟き、私の額を指でトンと押す。
額に熱を感じ手で触れて見るが、何も付いていない。
アレンは私の仕草を見て、少し可笑しそうに笑った。
「何も付けてないよ。部屋に戻ったら、すぐにベッドに横になってね。すぐに魔法が効いてくるから。ゆっくり眠れるようにしておいた。」
「....ありがとう..」
アレンは私の姿が見えなくなるまで、玄関に立って私の方を見ていた。
部屋に戻ると、私はそのままベッドに倒れ込んだ。熱のせいなのか、アレンの魔法のせいなのか、体が重くて堪らない。制服を脱ぎ捨て布団にもぐり込むと、そのまま深い深い暖かい海に沈んでいくような眠りに飲み込まれた。
翌朝目を覚ますと、熱はすっかり下がっていた。気分はまだ少しスッキリしない。何か良くない夢を見ていたと思うけど、思い出せない。
何故だろう?予知夢を見た時はだいたい覚えてるんだけど..。アレンの魔法で眠っていたからかな?今日は、断片的な場面しか思い出せない。
キラキラしたガラスの粒が散らばって、誰かが倒れている。金髪の頭が見える。夜空に羽ばたく鳥の影。
思い出せるのはそれだけ。




