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研究科棟の図書室にもどると、ショーンが来ていた。

「キラ、良かった。探していたんだ。..どうしたの?何かあった?」

ショーンは私の顔を見て、少し心配そうに尋ねてくる。

「ううん、何も。どうしたの?」

「香炉の試作品ができたんだ。」

そう言って、ショーンは小さな香炉を取り出した。


私達は、魔道具の制作で手始めに、英雄エドワードの香炉を作ることに挑戦していた。エドワードが病気の妻の為に作った、人を元気にする香炉だ。

本物のように立派なものは難しいので、手のひらにのるくらいの小さな香炉にした。


私達は文献を調べて、エドワードが使ったと思われる植物や鉱物、動物の骨などを集めて、その配分を色々と試していた。

最後は、魔法を使ってその効力を石に込める。香炉の中にその石をはめ込み、実際に香を焚くと魔道具が効力を発揮する仕組みだ。


何度かの試行錯誤の後、ようやく最適と思われる配分を見つけ、ショーンに最後の仕上げを頼んでいたのだ。


ショーンが差し出した小さな香炉を見て、さっきまでの沈んでいた気分が一気に吹き飛んだ。


「すごい!やったわね。嬉しい!」


私は思わず、ショーンの手に飛び付き、香炉をそっと受け取った。


「試しに使ってみてよ。」

「うん!ありがとう。本当はチコリスのお香を使うのが一番相性がいいはずなんだけどね。チコリスは街まで行かないと手に入らないから仕方ないわね。」

ショーンも満足そうな笑みを浮かべ、嬉しそうだ。


「明日、感想を聞かせて。」

「分かった。マリアンヌ達にも見せて来るね!」

そう言って、私は図書室を出ようとして思い出した。

「あっそうだ、ショーン。私、アレンに今度からショーンに剣術の練習付き合って貰うことにしたって嘘ついちゃったの。」


「はぁっ?!」


「ごめん!何か言われたら適当に話を合わせておいてくれる?」


「何だよそれ!!そんなことをしたら、僕、あいつに殺される!」


「? ? 大丈夫、ショーンは殺されないわよ。じゃあね!」

「へっ? 僕は、って...ちょっと!」


私は図書室を出ると香炉をスカートのポケットに仕舞い、速足で女子寮に向かった。マリアンヌ達は、この時間はもう寮の方にいるはずだ。



女子寮の入り口まで来ると、辻馬車が1台玄関の入口につけられていた。


----何かあったのかしら?


玄関を入ると、ちょうどマリアンヌが大きな荷物を抱えて慌ただしく部屋から出てきた所だった。すごく動揺していて顔色が良くない。


「マリアンヌ!何かあったの?」

「...ああ、キラ..実は、病気のお祖母様のご容態が悪いみたいなの...」


マリアンヌは、おじいちゃん、おばあちゃん子だ。昨年、お祖父様を亡くした時もかなり落ち込んでいたらしい。

今度はお祖母様まで悪いなんて....マリアンヌが動揺しているのも無理はない。


「まぁ...そうなの...それは心配ね。今から、ご自宅に帰るの?」

「ええ、そう..。お母様に頼まれていることがあるから、イリス商店にも寄らないといけないの。」

「そう....気を付けてね。何か私にできることがあれば言ってちょうだいね。」

「ありがとう。」


私は、玄関でマリアンヌを見送った。馬車が動き始めると、マリアンヌは窓から顔を出し、少し笑って私に軽く手を振った。

馬車は玄関まえのロータリーをゆっくりカーブしながらスピードを上げていく。


ピリッと脳裏に電気が走った気がした。


----この場面!!それにあの辻馬車のドアの模様も見たことがある!

何だったかしら....


嫌な予感がして、必死で記憶を手繰り寄せる。

川...橋..?

川に崩れ落ちた橋と潰れた辻馬車の無惨な場面がよみがえる。緑色の欄干がぐにゃりと曲がっている。

橋が落ちるんだ!


どこの橋?...マリアンヌの家に向かう途中にある橋..緑色の欄干..イリス商店に寄るって言ってたわ...


セーヌ橋!きっとあそこよ!


イリス商店に立ち寄るなら、まだ追い付けるかもしれない!


気づいた時には、もう走り出していた。学園からイリス商店までは5キロちょっと。全力で走れば、イリス商店でマリアンヌに追いつける。

学園を飛び出し、私は必死で走った。

----嫌!!絶対に嫌だ!マリアンヌ、無事でいて...間に合って、お願い!


いつの間にかジンが現れ、私の後ろをついて一緒に走っていた。

大通りに出ると、行き交う人々が制服のまま駆け抜ける私の姿を、何事かと訝しげに見ていたが、構ってなどいられない。

普段から剣術で鍛えていたから体力には自信があるけど、この距離を全速力で走るのは、さすがに息が上がり苦しくなる。


----もしイリス商店に居なかったら...

不安に襲われ、嫌な想像をしてしまう。


----諦めちゃ駄目だ...もう少しよ。あの角を曲がった先...


イリス商店の通りに入る角を曲がると、商店の前にマリアンヌの馬車が停まっているのが見えた。ちょうどマリアンヌが店から出て来て、馬車に乗り込もうとしている。


----いたっ!

「待って!!マリアンヌ!待って!」


私は大きな声で叫ぶ。


「お願い!待って!」


マリアンヌがこちらを見て立ち止まる。

----気づいてくれた!


「キラ!あなた、どうしたの!」

マリアンヌは驚いて、私の方に走りよる。

「ハァ、ハッ...マリアンヌ...あの...ハァ..ちょっと..」

私は息が上がってしまってうまく話せない。膝に手をつき、前屈みになってそのまましばらく息を整える。

そして今になって、マリアンヌにどう伝えるか何も考えていなかったことに気がついた。

----どうしよう....


スカートに手が触れた時、カチャリと音がした。

----そうだわ!


「これをマリアンヌに使って貰おうと思って。」

そう言って、私はポケットから香炉を取り出し、マリアンヌに差し出した。

「試作品が完成したのよ。さっき、ショーンから預かったの。」

「これを渡すために追いかけて来たの?」

「ええ。だって、英雄エドワードの香炉よ。きっとマリアンヌのお祖母様にも良い影響があると思うわ。最初にマリアンヌに使ってみて欲しいの。」


マリアンヌは不思議そうな顔をしていたけど、香炉を見つめニッコリと微笑んだ。

「そうね。皆で作った魔法の香炉だもんね。きっとお祖母様を癒してくれるわね。ありがとう、キラ。」


私も微笑み返す。

「この香炉、チコリスのお香を使うのが一番相性がいいの。でも、チコリスのお香を準備できなかったの。少し遠回りになっちゃうけど、この先のセーヌ橋のもうひとつ向こうの橋を渡った通り沿いにチコリスのお香を売っている雑貨屋があるわ。そこでチコリスのお香を買っていくといいと思う。」

「キラ、分かったわ。そうする。」


マリアンヌがそう言ってくれたことに安堵し、私は彼女の手を取った。

「絶対よ!必ずそうしてね。」

思わず力が入ってしまった。

マリアンヌは、クスクス笑いながら、

「絶対にそうするわよ。」

と約束してくれた。


「それよりもキラ、あなた、こんな所に来てて大丈夫なの?ちゃんと学園の許可貰ってるの?それに、瞳、アイレンズも付けてないし...」

「あっ...」


----すっかり忘れてた!まずい...


「だ...大丈夫よ..後で報告するから..私のことは気にしなくていいから。さあ、早く行って。」


私は平静を装って、マリアンヌに早く馬車に乗るよう促す。


「キラ、気を付けて帰るのよ。」

「ありがとう。マリアンヌもね。」


私はマリアンヌの馬車が見えなくなるまで見送った。


----これでうまく回避できたかしら...きっと大丈夫よね..それよりも、早く戻らなくちゃ!勝手に出てきたの、もうバレてるかしら?まずい...非常にまずい...


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