(22)
アレンと森で最後に会ってから、もう2週間経つけど、アレンは森に来ていない。学園でクラーク殿下もアレンも見かけないから、まだ王宮に居るのかもしれない。
私は、毎日ジンを連れて森で一人で鍛錬を続けていた。
その日の放課後は、一人で図書室で資料を探していた。珍しく他に学生もいない。
私が資料を物色していると、ひとりの教師が図書室に入って来て、私に声を掛けてきた。
「君、ちょっと悪いんだが、ことづけを頼まれてくれないか?」
研究科の古語の教授のトーマス先生だった。いつも温和で学生達から親しまれているおじいちゃん先生だ。
あまり身なりを気にしないのか、いつもボサボサの頭で同じような服を着ている。でも不思議な愛嬌があって、学生に人気の先生。
「はい。いいですよ。どんなご用件ですか?」
「この資料を生徒会室まで届けて欲しいんだ。生徒会から頼まれていたのを忘れてしまっていてね。」
----生徒会室って、魔法科棟だよね。しまった!引き受けるんじゃなかった..。仕方ないか..。
「生徒会室に届ければいいんですね?」
「ああ、誰かいるだろうから、私からだと伝えれば分かる。」
「分かりました。」
「すまないね。頼んだよ。」
----もう!しばらくイレーネ様と顔を会わせたくないのになぁ。いらっしゃらなかったらいいけど..。
私は預かった資料を抱えて、魔法科棟の校舎を駆け足で進んだ。もう遅い時間だったせいか、他の学生とすれ違うことはなかった。
生徒会室のドアの前に立つと、中から話し声が聞こえてきた。イレーネ様だわ..。私はちょっと躊躇してしまう。
「..そうなの!すごくタルトが美味しいらしいの。今度、皆で『エポック』に行ってみましょうよ!..」
「へぇ、いいね!楽しそうだ。」
「せっかくだから、他にもどこか行こうよ。」
----生徒会の皆さんって、皆でお出かけしたりするんだ。仲がいいのね。
楽しそうな会話に気後れしながら、私は扉をノックした。
「どうぞ。」
と言われて、扉をそっと開けると知らない男子学生が出てきた。
「あれ?君は..」
私は出来るだけ扉の陰に隠れるようにしながら、預かった資料を差し出した。
「あの...これ、トーマス先生から預かってきました。」
「ああ、ありがとう。」
男子学生は、ニコッと優しい笑顔でお礼を言う。私が彼にペコリと頭を下げ、急いで部屋を出ようとしたところ、
「キラ?」
と声を掛けられた。
部屋の奥でイレーネ様と会話をしていた学生達の輪の中にアレンの姿があった。
----あら?アレン....学園に戻ってたんだ..。
アレンは何か言いたげな顔をしていたが、私はイレーネ様がこちらを見ていることに気がついて、視線をそらす。もう一度、ペコッと頭を下げ、クルリと踵を返して部屋を出ると、再び駆け足で廊下を通り抜けた。
----アレンは、イレーネ様達とお出かけするのかな..。
モヤモヤして心が嫌な感情で満たされる。
----嫌だ。もうアレンとイレーネ様のことは、考えたくないのに...。
魔法科棟の校舎を出た所で、突然腕を掴まれた。
「キラ、待って!」
アレンだ。
----追いかけて来て欲しくないのに..イレーネ様にまた何て思われるか..。
私はアレンの目を見ることができずに視線を泳がせる。
「ごめん!なかなか森に行けなくて..。」
申し訳なさそうにアレンが言う。
「気にしないで。忙しいんだよね。アレン、無理させちゃっててごめんなさい。私のことは、気にしなくていいから..。」
「無理なんか...」
私は、思いきってアレンの瞳を見あげた。いつもと同じ深い海の青。引き込まれるような錯覚を覚えるほど、私のことを真剣に見つめている。私は精一杯の笑顔で言った。
「あの...私..今度から剣術の練習は、ショーンに相手をしてもらうことにしたから。アレンは自分のお仕事に専念して!」
「はぁっ?!」
アレンの瞳が冷たく光る。
「じゃあね!」
私はそのままアレンに背を向け走り去った。
アレンも、もう追いかけては来なかった。




