(20)
それからアレンは、森に来なくなった。
学園でもクラーク殿下とアレンの姿を見かけることがないから、二人ともずっと王宮に行ってるんだと思う。
考えてみれば、アレンは、クラーク殿下の補佐や生徒会の仕事、剣術や魔法の訓練に勉強まであるのに、私の剣術の練習まで付き合ってくれて、いつ休んでるんだろう?アレンが言い出したこととはいえ、私の事にまでアレンを煩わせてしまって、悪かったな。
そもそも、アレンとは距離を置こうと思ってたんだから、これを機会に剣術に付き合ってもらうの止めたほうがいいのかも。
そんなこと考えながら歩いていると、突然、後ろから声を掛けられた。
「キラさん」
振り向くと、イレーネ様が立っていた。
「あの..私、キラさんとお話したいことがあって...。少しお時間いいかしら?」
イレーネ様は切羽詰まったような様子で、すがるような表情を浮かべている。そんな表情も天使のように美しい。
---え..正直、いい予感がしないんだけど、全然断れない雰囲気..。嫌って言ったら、私、すごく嫌な感じだよね...。
「あ..何でしょうか..あの..少しなら..大丈夫ですが..」
私は、精一杯の笑顔をつくって答える。
イレーネ様は、パーっと無垢な笑顔をほころばせ、
「ありがとう!ずっとキラさんとお話ししたかったのよ。」
と言って、私の手を取ると両手で優しく包み込んで嬉しそうに微笑む。
そんな愛らしい姿に私でも思わずドキドキしてしまう。こんなことをされたら、誰でも彼女の虜になってしまうだろう。
「あ、あの...」
戸惑う私をよそに、イレーネ様はそのまま私の手を引っ張り、
「カフェテリアへ行きましょう!」と無邪気に言って歩きだした。
----カフェテリアって2階の食堂だよね。魔法科の学生がたくさんいるんだよね。あまり行きたくないんだけどな...。
「あの、、イレーネ様。どこか別の静かな所で話しませんか?」
「大丈夫。カフェテリアはこの時間、人があまりいないから。私のお気に入りのお茶をご馳走したいの。」
----ますます断れなくなってしまった..。
イレーネ様はカフェテリアに入るとテラス席のテーブルに私を座らせ、イレーネ様お薦めのお茶を注文した。
「ふふふっ。こうやってキラさんとお話したかったの。嬉しいわ。」
イレーネ様はテーブルに肘をついて、両手で頬を支えながら微笑む。テーブルの上に乗るイレーネ様の大きな美しい胸が目に入り、どうしたらこんなに美しい胸に育つんだろうって羨ましくなった。
イレーネ様の屈託のない笑顔が眩しくて、私は直視できずに少し俯いてしまう。
----本当に全く邪気を感じない方ね。誰に対しても無邪気な態度で、人見知りもしなくて。誰かが自分に悪意を持ってるかもしれないとか、疑うこともないんだろうな。だから、皆から愛されるんだわ。
でも...、私はちょっと苦手かも..
ストレートに無垢な善意を向けられると、こっちが苦しくなってくる。
そんなふうに感じてしまう自分が、本当に醜く思えてくる。
「あの..お話って..何でしょうか?」
居心地の悪さに早く話を終わらせようと、私は切り出した。
「そんなにかしこまらないで!ちょっと、アレスフォード様のことで相談したかったの。」
「え? …..私に?」
「キラさん、アレスフォード様の幼馴染みなのよね?」
「そうです..けど..」
「実は...最近、アレスフォード様の様子がおかしいので心配なの。」
「おかしい?」
「ええ。アレスフォード様、とてもしっかりした方だから、以前はいつも冷静で隙のない感じで、いつも余裕のある振る舞いをされていたのよ。」
「....」
「でも、最近は、ぼんやりしたり、ため息をつかれることが多くて..。何か疲れているようにもあるし..。」
「そうなんですか..」
「キラさんが学園に来られてからだと思うの。..いいや、キラさんのせいだと言いたい訳ではないから誤解しないでね。..キラさん、何かお心当たりないかしら?」
「.......」
「私、アレスフォード様のお役に立ちたいの!私に出来ることはないかしら?」
----そうなんだ..。
私の前ではアレン、そんな様子は見せないし..。以前よりちょっと強引だし、意地悪だし、ちょっと怖いっていうか、かなり怖いって思ってたけど。
やっぱり、私のせいでアレンに負担をかけているんだよね。いつも心配ばっかりさせてるし...。すごく忙しいはずなのに、私、何にも気にせず甘えてしまってた。
イレーネ様に改めて指摘されて、都合よくアレンを頼っていた自分に腹が立つ。
はぁ、私って自分勝手だな...。
「あの...イレーネ様の言うとおり、私、アレン..アレスフォード様に甘えてしまっていたかも知れません。あの、もう迷惑かけないようにします.。」
「キラさん。私、責めてる訳じゃないのよ。アレスフォード様が妹のように思っているキラさんのことを、気にかけるのは当然だと思うわ。」
「.....」
「ねえ。今度からアレスフォード様の代わりに、私に何でも相談してちょうだい。キラさんも、その..いろいろあるから不安なことも多いでしょう?心配されるアレスフォード様のお気持ちがよく分かるわ。私、アレスフォード様の負担を少しでも減らして差し上げたいわ。」
---やっぱり、私のせいって思ってるんですよね..。その通りだとは思うけど。
「あの...私、もうアレスフォード様には、出来るだけ会わないようにします..」
イレーネ様は、綺麗な紫の瞳でじっと私を見つめ、天使のような笑顔を浮かべた。
「そうだ。一緒にお友達を作りましょう!キラさんにお友達がたくさんできて、他にも相談できる人が沢山いれば、アレスフォード様も安心されると思うわ。私、魔法科のお友達を紹介するわ。大丈夫。きっと仲良くなれるわ。ね!」
----えっと...なんで、そんな流れになるのかしら?できたら私、魔法科の方にはあまり来たくないし..。早くここを切り上げて、寮に戻りたい...
そう思っていると、食堂に入ってきた数名の女子学生達が、ワイワイとおしゃべりしながら、テラスの方に移動してきた。
「あら、イレーネ様!こちらにいらしたの?探しましたわ。」
「イレーネ様、ごきげんよう。」
「今日もお綺麗です〜!イレーネ様」
女子学生達は、イレーネ様に気づくと賑やかに挨拶しながら、歩み寄ってくる。イレーネ様といつも一緒にいる同学年のご友人達のようだ。
「まあ..あなたは..」
そのうちの一人が私に気づいて口ごもった。
私は、ずかずかと寄ってきたイレーネ様の取り巻き達に囲まれてしまった。彼女達は、目配せをしながら、何かを囁いている。
「なぜ、イレーネ様が...」
「ちょうど良かったわ。皆さんにご紹介
したいと思っていたの。彼女はキラさんよ。研究科の1年生。アレスフォード様の幼馴染みでいらっしゃるの。」
イレーネ様は、女子学生達の戸惑う空気を全く気に止めず、屈託ない笑顔で私を彼女達に紹介する。
「以前、アレスフォード様と彼女が一緒にいるのを見たことがあるわ。そういうことだったのね...。」
「アレスフォード様も大変ね。こんな幼馴染みのお相手まで...。」
「それでイレーネ様も、キラさんのお相手を?なんてお優しい!」
「お二人がそんなに気を使われる必要はないと思うわ!」
「そんなのではないのよ。」
イレーネ様は優しい口調で女子学生達をなだめる。
「キラさんは、とても可愛いらしくて素敵な方よ。私は彼女ともっと仲良くなりたいと思ってるの。それに、外見や噂だけで人を判断しては駄目よ。皆にも、ぜひキラさんと仲良くしてもらいたいわ。」
「まあ、イレーネ様..。イレーネ様がそうおっしゃるなら..」
「なんてお優しい..」
イレーネ様は、本当に親切で私のことを考えてくださってるんだろうけど、私はなんだかすごく、モヤモヤした気分になってしまった。
私のことは放っておいて欲しい..。そんな嫌な感情に捕らわれて、あの夢の場面を思い出す。イレーネ様が泣きながら私に何かを訴えていた場面...。
私は、いつか、この醜い感情でイレーネ様に何かしてしまうのだろうか...。
堪らなくなって、私はつい大きな声を出してしまった。
「あの!イレーネ様。私、用事があるのでもうこれで失礼いたします。イレーネ様にお気遣いいただく必要はありませんし、今後は、イレーネ様やアレスフォード様にご迷惑をかけないようにします!」
突然、私が大きな声を出したので、イレーネ様は驚いた様子だ。
「キラさん...ごめんなさい。私、何か気にさわることを言ってしまったかしら..。私、本当にあなたの力になりたくて..。」
イレーネ様はか細い声で、少し涙ぐんで私を見る。
「ちょっと!あなたっ!」
「どういうつもり!せっかくイレーネ様が、気遣ってくださってるのに!」
女子学生達が私を睨み付ける。
私は立ち上がると、何も言わずにペコリと頭を下げ、逃げるようにその場を離れた。
背後から、女子学生達が何か言っていたが、私は俯きながら足早にカフェテリアを出て行った。
カフェテリアを出た所で一人の男子学生とすれ違った。
「おや、こんな所にいるなんて、珍しいですね。キラ嬢。」
突然、声を掛けられ驚いて振り向くと、知らない学生がニヤニヤと嫌な目付きで立っていた。いや、見たことあるような気がするが、思い出せない。
「俺のことは覚えていませんか?君、ずっとアレスフォードの後ろに隠れてたからね。夜会で一度会ってるんだが。」
「!」
----ホフマン伯爵の息子だわ!確かエリックっていったかしら?嫌な目つきが父親そっくり。
「その節は、失礼いたしました。私も慣れない場所で緊張しておりましたので...。申し訳ございませんが、急いでおりますので失礼します。」
私は軽く礼をした後、クルリと向きを変え歩き始める。
「ちょっと待てよ。」
エリックはそう言って、ニヤニヤしながら私に付いてくる。
「ちょっと君に聞きたいことがあったんだ。」
私は構わず歩き続けるが、エリックもピッタリと横に並んでくる。
----嫌だ。どうやって撒こうかしら..。
そんなことを考えていたら、不意打ちをくらってしまった。
「俺の家にいたニーナという侍女が、突然辞めたんだが、今、サザーランド家にいるようだな。」
エリックは、意味深な笑みを浮かべて、突然切り出した。
私は思わず、歩みを止めてしまう。
「確かに..ニーナという侍女はうちで働いています。でも、彼女が以前どこで働いていたかなんて、存じ上げませんわ。」
出来るだけ平静を装って、私は答えた。
「ふーん。彼女は元々孤児でね。うちで雇う時に長期契約してたから、辞める時に多額の違約金が発生したのだが...あっさり払って辞めたよ。どこから、あんな大金が出てきたのだろうね。」
「さあ、彼女しっかりしてるから。それくらい自分で何とかしたんじゃないかしら。それに、この国では誰がどこで働こうと自由なはずよ。何か問題でも?」
「ふん。ただ不思議に思っただけさ。」
エリックから、ねっとりした視線を向けられ、気分が悪くなる。
どうやってこの場を逃げようかと考えていたら、ふいに声を掛けられた。
「キラ、どうしたの?」




