(14)
学園生活のスタートは、まあだいたい想像していたとおり。
まだ他の学生たちは私のことを遠巻きに噂するばかりで、誰も近づこうとはしてこない。
まあ、まだ始まったばかりだし、仕方がないか。
でも、さすがに王国一のアカデミー。授業はすごく面白い。家で勉強していた時と違って、ずっと興味深い内容ばかり。他の学生たちも、いろいろ物知りで、彼らとのディスカッションは、本当に刺激的だった。
私は授業の後は、図書館で趣味の歴史書を読みあさって過ごした。
時には、闘技場で剣術クラブの学生が練習しているのを覗いて見たりもした。
私は剣術の鍛錬を続けるつもりだったから、クラブに入ろうかどうか悩んでいた。
もちろん、クラブにいるのは男子学生ばかり。それに、剣術は、魔力の有無で歴然と力の差が出てしまうので、クラブは魔力の有る学生と無い学生で別れていた。私が加入するとなると、当然、魔力の無い学生のクラブに入ることになる。
でも、何度か練習を覗いてみたんだけど、魔力の無い学生のクラブは、お遊び程度の練習で...。今まで真剣に練習をしてきた私には、ちょっとレベルが低すぎた。
----う〜ん。剣術の鍛練の相手は欲しいけど、全然練習にならないよね~
って感じで。
私はまだ決めかねている。
私の思惑どおり、日常でアレンと出くわすことはない。
できるだけ、魔法科の学生が集まる場所に近づかないようにしていれば問題ない。
ちょっと安心した。
そうこうする内にあっという間に、新入生歓迎パーティーの日となった。
アレンは宣言どおり、女子寮まで私を迎えに来た。私に合わせてくれたのか、制服を着ていた。
他の女学生達にも、お迎えの男子学生が来てたけど、アレンは注目度が違いすぎる..。
女子達の視線が痛い...。
----だから、嫌だって言ったのに...。
それでなくても、まだ友達が全然できないのに、これでしばらく、ぼっち生活が続くな〜。
なんて思いながら、私はスゴスゴとアレンの後をついていく。
俯きながら歩く私に、アレンは色々尋ねてくる。
「もう学園に慣れた?嫌なことはない?」
「大丈夫。何も問題ないわ。」
「友人は? 誰かと仲良くなれそう?」
「....それは、...もう少し時間がかかるかな..。」
「..寂しいことはない?」
「大丈夫。ジンも一緒だし...そうだ、ジンのことありがとう。アレンがジンを連れて来ていいって許可を取ってくれたんだよね。」
「気にしなくていい。その方が都合がいいし...。」
「...えっ?」
「.....。」
----ん?なんか引っ掛かることを言ったような..。
会場に入ると、すぐにパーティーは始まった。学生のパーティーらしく、学園長の短い挨拶の後は、学生たちが自由に食事と歓談を始め、ステージでは学生による出し物が催されている。
女子学生達の華やかなドレスが会場をカラフルに彩っていて、自由な雰囲気のパーティーだ。
----なるほど...。これは、ぼっちだったら時間を持て余しちゃうな。アレンが一緒にいてくれて、ありがたいかも。
歓談が始まるとすぐに、アレンは私をクラーク殿下の所に連れて行った。
クラーク殿下も以前、お会いした時よりずっと大人になっていて、貫禄が出てきている。
さすが王太子。
キラキラ輝く明るい金髪をなびかせ、余裕のある笑顔を浮かべ、王族のオーラを感じる。優しそうな柔らかく美しい顔立ちは以前のまま。
アレンも、普段からこれくらい愛想よくできたらいいのに...。
「やあ、キラ嬢。久しぶりだね。」
「クラーク殿下、ご無沙汰しております。」
私はカーテシーで頭を下げる。
「そんなに畏まらなくていいよ。ここは、学園だ。それより、キラ嬢、僕のこと覚えてる?」
「...もちろんです。デビューの時の夜会でお会いさせていただきました。」
「あの時、君、何にも頭に入ってなさそうだったから。」
殿下は、楽しそうに笑う。
「ちゃんと、覚えてます...。」
----何話したかは覚えてないけど...。
私は、あの夜会の黒歴史を思いだし、恥ずかしくなった。
できたらもう、忘れていたいのに...。
「あの時は、アレンも妙にピリピリしてて。こいつのあんな姿をみるのは初めてだったから、本当に面白かったよ。いつも冷静にすましていて、つまらないからな!はっはっはっ。」
「クラーク...。」
アレンは恨めしそうに、殿下を睨み付ける。
「ところで、学園はどう?困っていることはないかい?」
「ご心配いただき、ありがとうございます。特に何もございません。」
「うん。まだ入学したばかりだもんね。何かあったら、遠慮なく言って。できるだけのことはするよ。君のことは、...父上も気に掛けている。」
「お気遣いありがとうございます。」
「まあ、何かあれば、アレンが黙ってないだろうけどね。アレンの奴、君のことになると...。」
「クラーク! いい加減に...」
アレンは遮るように言い、ククッと楽しそうに笑う殿下を睨み付ける。
----アレンと殿下って本当に仲良しなのね..
そんなことを思っていると、ふいに声を掛けられた。
「楽しそうですわね。クラーク殿下、アレスフォード様。私もご一緒しても宜しいかしら。」
あの聖女様、イレーネ様だった。
柔らかそうな明るい金髪をふわりとなびかせ、甘い香りが漂う。
薄いピンクのフワリとしたスカートのドレスがよく似合っている。ふくよかな胸元を上品に包むピンクの上品なレースが大きな胸を一層美しく見せていた。まるで本物の聖女様のよう。
イレーネ様は、柔らかい微笑みを浮かべて小首を傾げる。
白い小鳥のような可愛らしい仕草。
紫の瞳がキラキラ輝いている。
「アレスフォード様が女性を連れていらっしゃるなんて、本当に珍しいこと!あちらで、女の子達が騒いでいるわよ。是非、私にもご紹介してくださいな。」
「イレーネ嬢、君も知ってると思うが..、彼女はサザーランド伯爵の令嬢のキラ。今年から研究科の方に入学したんだ。よろしく頼むよ。」
アレンは、さっきまでのクラーク殿下との軽口と違い、ちょっと戸惑いながら、イレーネ様に私のことを紹介した。
「キラ・サザーランドでございます。よろしくお願いいたします。」
「私は、イレーネ・サンタマリアよ。イレーネって呼んでくれたら嬉しいわ。クラーク殿下とアレスフォード様とは、生徒会でご一緒させていただいているの。お二人とも、大変優秀でいらっしゃるから、いつもご迷惑ばかりお掛けしているけど...。」
「そんなことはないよ。イレーネ嬢はいつも控え目で気が利くから、すごく助かっている。」
イレーネ様の謙遜を、アレンはすかさず柔らかい口調で否定した。
「まあ...。ふふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。」
アレンが優しく微笑み、イレーネ様はとても嬉しそうだ。
頬を赤く染めて、恥ずかしそうにする笑顔は本当に天使のよう。
こうして見ると、本当にお似合いのカップル。アレンとイレーネ様が仲良く話す姿を見て、ちょっと、もやっとしている自分が、何だか嫌になってくる...。
----嫌だ。私、こんな醜い心で..。こんなだから、いつか何かをしでかしちゃうのかも...
「それで...、キラさんとアレスフォード様は、どういったご関係なの?」
イレーネ様は、少しためらいがちに尋ねてきた。心なしか心配そうに見える。
「た...ただの幼馴染みです!」
私は、思わず声に力が入る。
「アレスフォード様には幼い時によく遊んでもらってて..。でも、最近は全然お会いしてなかったので..。その..そう!兄のような存在ですわ!」
「....」
…つい、むきになってしまった..
でも、イレーネ様は少し安心したように無邪気な笑顔を見せる。
「ふふふっ...。キラさんってお可愛らしいわね。キラさんみたいな妹なら、私も欲しいわ。アレスフォード様のお気持ちよく分かるわ!」
----そうっ! 私はあなたに危害を加えるつもりなんてありません!お二人の邪魔なんてしないから!
って思いながら、イレーネ様の誤解が解けたようで、ホッとして隣のアレンを見ると眉間にシワを寄せ、冷たい瞳で睨んでいるアレンがいて..。
----んっ...?なんか怒ってる?私、何かまずいこと言った?私達、幼馴染って伝えてよかったんだよね?
その後もイレーネ様とクラーク殿下とアレンは、楽しそうに談笑されてて。何か難しい話、生徒会の話?もされていた。イレーネ様は、何度もアレンを熱い視線で見つめて話しかけ、アレンは、いつもと同じ澄ました顔で
「うん。」「そうだね。」「そう思うよ。」
って、相づちをいれている。
3人ともとても楽しそう。
私の知らない世界にいるアレン。もう私の知ってるアレンとは全然違うんだなって、2年間の空白を思い知らされる。
----私って、アレンに会えば怒らせてるみたい。順調に破滅に向かって進んでいる気がするな..
なんて、ぼんやりしてたら、
「キラ...キラ!」
ってアレンに呼ばれているのに気がつかなかった。
ハッとする私の顔を覗き込んでアレンが言う。
「キラ。疲れたんだろう?あっちに行って何か食べようか?」
「いや...私は大丈夫だから..、あの..ひとりで..。アレスフォード様はまだお話があるでしょうから..」
「....僕は腹減ってんだよ。付き合ってよ。」
アレンは有無を言わせず私の手を取り、
「じゃあ、クラーク、イレーネ嬢。僕達はこれで。」
って、私をグイグイ引っ張って、さっさとその場を離れた。
アレンは人目の付きにくいテーブルを選んで私を座らせ、
「ちょっと待ってて。」
と言った後、私のために飲み物と食べ物を取って来てくれた。
「さあ、どうぞ。」
アレンは、お料理をたくさん載せたお皿を差し出す。
「ありがとう..。」
戸惑いながらも、私は美味しそうなリンゴタルトが目に留まり、一つ自分のお皿に取り、口に運ぶ。
「...美味しい!」
思っていたより、ずっとお腹が空いていたみたい。つい、夢中で次々と頬張ってしまった..。
アレンは、そんな私を隣で見て、目を細めてニヤッと笑う。
「キラはちっとも変わっていないね。もう1つあるよ。こっちもどうぞ。好きでしょ?」
そう言って、リンゴタルトをもうひとつ私のお皿に取り分けてくれた。
----なんか、馬鹿にしてる?どうせ私はお子様ですよ! ...でも、ご機嫌は直ったみたい..。
隣で、楽しげな顔をして料理を食べるアレンを見て、私はちょっと気持ちが軽くなった。
それから、私達はゆっくり食事をしながら、たわいのない話をした。
とても穏やかな時間。
昔、二人で川の畔に並んで座ってたくさんおしゃべりをしていたことを思い出した。
パーティーがお開きになった後、アレンは、私を寮まで送ってくれた。
そして、別れ際に小さな箱の包みを渡された。
「遅くなったけど、これ入学のお祝い。」
「...ありがとう。」
なんか、嬉しい..。
思わず顔が熱くなり緩んでしまう。
「開けていい?」
「恥ずかしいから、部屋に戻ってから開けて。気に入ってくれるといいけど..。」
「あの..本当に..嬉しい。今日も..一緒にいてくれて良かった..。」
アレンは、ニッコリと子どもの頃のような素朴な笑顔を見せてくれて..。
「じゃあ、またね。」
って別れた。
部屋に戻って、さっそく箱を開けて見ると綺麗な万年筆だった。
艶やかな黒に細かい金の飾り模様が施された、少し細身の万年筆。頭の部分には、小さな赤い石がはめ込まれている。
「可愛い...。」
アレンはいつも、私が喜ぶ物を贈ってくれる。
アレンと会わなかった2年間、手紙は来なくなっても、誕生日には必ずプレゼントを贈ってくれていた。
私は万年筆を握りしめ、ベッドにゴロンと仰向けになった。
今日は色々あったな..。
イレーネ様の心配そうなお顔やアレンに向ける熱い眼差し、3人が楽しそうに談笑する姿や女の子達がヒソヒソ私の噂をする光景が頭に浮かぶ。
最後にアレンの別れ際の笑顔を思い出して、なぜかポロッと涙がこぼれた。
これからどうやってアレンと接していけばよいのか...。正直、良く分からなくなってきた...。




