(13)
入学当日、学園に足を踏み入れてすぐ、私は確信した。
----間違いない。ここが、あの夢の舞台だわ。
学園の敷地は広大で、エントランスの広場は綺麗に整備され、色とりどりの花や緑で彩られ、その奥にお城のような建物がそびえていた。
校舎は古いけれども重厚な造りの建物で、その内部も歴史を感じさせるものだった。高い天井には美しい聖獣達の姿が描かれ、至る所にこの王国の歴史をモチーフにしたステンドグラスがあった。窓からは柔らかな光が屋内に差し込み、長い廊下沿いにたくさんの教室が並んでいた。
入学セレモニーの会場へと向かう途中も見覚えのある場所がたくさんあった。
多くの入学生達の人の流れに紛れて進む間も、私は皆の注目を集めていた。
「ほら、あの子ね。」
「やっぱり。この学園に入るって噂、本当だったんだ。」
「ちょっと嫌だよね。何か怖いことが起きそう。不吉だわ。」
---いつものこと。
もう、全く気にならないわ。
会場の入口近くに来たとき、上級生たちの一団が目に留まる。
----アレンだ!
アレンは最後に会った時より、ずっと身長が伸び、大人っぽくなっていた。
細身の長身で繊細ではあるが、ガッチリとした肩や背中の美しい姿勢から、よく鍛えられていることが窺えた。記憶にある少年のあどけない表情は影を潜め、少し冷たい印象を受ける目鼻立ちとしゅっとした頬が大人の男性の色気を醸し出していた。
少し伸びた柔らかそうな茶色の髪を無造作にひとつに束ね、長い前髪の隙間から見える綺麗な顔は無表情。何を考えているのか分からない。
もう、、夢の中のアレンと同じだ
アレンは複数の学生達と何かを真剣に話していた。
アレンの隣には、あの女性...。
夢に出ていた明るい金髪の美しい女性。
「見て!生徒会の皆様よ!」
「クラーク殿下にアレスフォード様もいらっしゃるわ!素敵!」
「お二人が揃っていらっしゃる姿なんて眼福すぎる~。」
周りの女子学生達が騒ぎだす。
「イレーネ様もいらっしゃる。素敵な笑顔。聖女のように清らかでお優しい方だって噂よ。」
「誰に対しても慈悲深く、一度お話しすると誰もがその無垢なお心に癒されるそうよ。」
----あの女性は、イレーネ様とおっしゃるのね...。
「ねえねえ、あのロマンス小説を知ってる?」
「知ってるわ!氷の貴公子と聖女のラブロマンスでしょ?」
「まるで、アレスフォード様とイレーネ様の物語のようだって評判よ。イレーネ様だったらアレスフォード様と恋仲になっても仕方がないって思うわ~。」
「いや〜ん。羨ましい~。」
---....そうか、きっと、二人はもう...
少し胸が苦しくなって、アレンに気づかれる前に早くここを立ち去ろうと思った時...、
アレンは、ふっと柔らかい笑顔をイレーネ様に向けた。
----!!!
ぎゅっと胸が締め付けられると同時にスーッと体が冷たくなる。
アレンが視線を上げて私に気が付く。
その表情は冷たく、瞳に冬の海の青を宿している...。射るような強い視線..。
夢で見たとおりの光景 …。
私は立ち去ろうと思うが、体が固まって動けない。
アレンは素早く移動してきて、私の前に立ちふさがった。
「キラ。しばらくぶりだな。」
…私は震える声で答えた。
「....ご無沙汰しております。アレスフォード様..」
アレンはムッとしたように黙り込んだまま、私を見下ろす。
視線が冷たい。
沈黙が続く...。
周りの学生達にも注目されているのが分かり、どうしようと思っていたところ、
「新入生は、早く会場に入るように!」
と、教師から声がかかった。
----助かった...
私は黙ったままペコリッとアレンに頭をさげ、震える足で逃げるようにその場を離れた。
王立アカデミーは、魔力のある学生が所属する魔法科と魔力のない学生が所属する研究科からなる。当然、私は研究科に所属することになる。
魔法科と研究科は別棟になっているので、魔法科の学生と研究科の学生が日常生活の中で顔を会わせることは少ない。
一緒に活動するのは、学園の大きな行事がある時くらい。
また、食堂は両棟の間に位置していて、学生は誰でも自由に利用できるようになっている。そのため、食堂では魔法科と研究科の学生が一緒になる可能性がある。
しかし、1階の食堂は平民が日常的に食べているメニュー、2階の食堂は貴族の好むメニューと分けられているため、実際は、1階を平民の学生が使用し、2階を貴族の学生が使用しているのが実態。
だから、1階の食堂を利用すれば、ほぼアレンと顔を会わせることはないというわけ。
どうせアレンは、クラーク殿下の側を離れられないだろうし、絶対に2階を利用してるわ..。
私は、セレモニーの間ずっとそんなことを考えながら、今後の作戦を練っていた。
そして、式が終わった後も、
----そうだわ。学園のなかも探索しておこう。いろんな場所を知っていた方が、何かあった時に役に立つかもしれない...
そんなことを考えながら、寮に向かって廊下を歩いていて、すっかり油断してた...。
突然、、、グイッと腕を引っ張られて、廊下沿いの部屋に引き込まれてしまった。
「ヒッ...アレンっ!」
びっくりして視線を上げるとアレンが厳しい顔で立っていた。
「どういうつもり?」
彼は、低い声でそう言い、私の腕を掴んだまま放してくれない。
アレンの吸い込まれるような青い瞳に睨み付けられ、体が震え出す。
「...何のこと..でしょうか?」
「その言葉遣い!! …手紙を送っても返事は来ないし、休みに会いに行っても君はいない...。」
「.....。」
「やっと会えたと思えば...。」
アレンは、少し俯き、上目遣いになって悲しそうな表情をした。
彼を傷つけてきたのは間違いないし、酷いことをしてるのも分かっている。私は、罪悪感に苛まれながらも、「いいえっ。ここで流される訳にはいかない」って思って、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「...もう、お互いに子どもではないのだから、礼儀をわきまえるべきだと思ったのです..。アレスフォード様も立場のある方だから..。」
「……ふ~ん。」
しばらくの沈黙の後、アレンは不敵な笑みを浮かべた。
「もう、この手はキラに通用しないのか..。」
「....な、何?」
アレンは、グイッと私の顔を覗き込む。
「じゃあ、なんで震えてるの?僕から逃げようとしてる?」
アレンにジリジリと迫って来られて、私は無意識に後ずさっていた。
「アレンが近寄って来てるからよ!急にこんなことされたら...怖いし!」
アレンは、ふんっと鼻で笑って、ようやく腕を放してくれた。
そして、深いため息をついた後、私の顔色を窺うように訊ねた。
「で、僕の立場って? 」
「......。」
「...そうだ。キラが僕の立場を気にするのなら、僕達が許嫁同士だってことを学園で公にしないかい?その方が僕も色々と助かるし..。」
「いいえ!それは嫌!!」
私は、慌てて否定する。
「どうして?」
「アレンだって、自分の生活があるでしょう?さっき、女の子達がアレンとイレーネ様とのことを噂していたわ。ロマンス小説の主人公にそっくりだって。」
アレンは面食らったように黙り込む。
そして、気まずそうに視線を逸らし、
「違う.........あれは、奴らが勝手に...全く余計なことを...」
とかブツブツ言っていた。
「とにかく! 私は静かに学園生活を送りたいの! 学園の人気者のアレンとイレーネ様の邪魔者になりたくないし、いらない憶測をされるのも避けたい!」
アレンはしばらく考えた後、ふ〜っと大きなため息をついて、不貞腐れたように言った。
「分かったよ。キラがそう望むなら....。僕とキラは幼馴染み。そういうことでいい?」
「ええ...ありがとうございます。」
「それから、その変な言葉遣いは止めて!せめて他の人が居ないときだけでも...。」
「....はい..。」
「もうひとつ。一週間後に新入生の歓迎パーティーがあるんだけど。」
「ええ。知ってる。」
「入学のお祝いに、ドレスをプレゼントしたいんだけど。」
「....アレン、ありがとう。でも私は制服で参加するつもり。」
この学園では、一年に何度かパーティーが開催されている。貴族の学生はドレスを着て参加するのが主流だけど、平民の学生や華美なことを嫌う貴族の学生は制服で参加している。服装は基本的に自由。
私は、最初から制服で参加するつもりでいた。
「目立たないように?」
「そう...。」
「...分かったよ。じゃあ、お祝いは別の物を贈ろう....。結局、キラは僕の申し出は全部拒否するんだな。」
「..ごめんなさい。」
「でも、当日のエスコートだけは、僕がさせて貰うから。」
「えっと...。」
断りを言いかけた私の言葉を遮ってアレンが言う。
「クラーク殿下から、キラを紹介するように言われている。これは断らないで。」
「......わっ..分かったわ。」
アレンは、仕方なく受け入れた私を満足げに見つめ、突然、ツイッと指で私の首筋をなぞった。
「なっ...何?!..」
驚いて体がビクッとなり、恥ずかしさで顔が熱くなる。
気づけば、アレンの指先にネックレスがかけられていた。
昔、アレンがくれたお守りの青い石のネックレス。
「着けていてくれたんだ...。」
アレンは、柔らかい表情で目を細めた。
「あの...着けていると..少し..悪い夢を見なくなるから....」
「そうなんだ...嬉しい。」
そう言って、アレンはギュッと石を握りしめ何かを呟いた。
アレンが石を離すと、石が肌に触れ、熱を持っていることが分かる。
「魔法が消えかけてたから、またかけておいた。」
「あ..ありがとう...。」
アレンは、少しかがんで私の顔にグッと顔を近づけ覗き込んだ。
そして、ニヤリと笑って囁く。
「キラ。僕は、君を逃がすつもりはないからね。」
獲物を狙う青く鋭い獣の瞳...。
ゾクリと背筋が冷たくなる。
---怖っ!
夢と同じ姿のアレン、迫力が違う!
私は堪らなくなって、ドンッとアレンの体を押しやり、逃げるように扉へ向かう。
後ろからアレンが、楽しそうに
「パーティーの時は、寮まで迎えに行くよ。」
と声をかけてくる。
私は、振り向きもせずに「来なくていいから!」と言い捨て、走り去った。
その夜、私は夢を見た。
久しぶりにあの夢...アレンに殺される夢。
いつもより妙に生々しくて、刺された時に激痛が走ったような錯覚を覚えた。
目を覚ました時、汗でぐっしょりになっていて、ジンが枕元から心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「ジン...大丈夫よ。ありがとう。」
ジンの頭をゆっくり撫でると、ジンは私を元気づけるように体をすり付けてきた。
---でも、どうして...。
この学園にいるせいで、より現実味が増しているのかもしれない。
アレンのお守りのネックレスも学園では、効力を発揮できないようだ。
久しぶりにアレンに会えて、私、浮かれていたかも...。
運命の時は迫っている..。
これは、戒めだ。
気を引き締めなければ...。




