(11)
こうして万全を期して、夜会の当日を迎えた。
王宮に馬車が到着するとアレンがすぐに出迎えてくれた。
彼は、濃紺に銀色の刺繍の入ったコートを上品に着こなし、ずいぶん大人びて見えた。スラリとした体躯で、出会った頃に比べ、ずいぶん背が高くなっていることに気づかされる。
彼は、馬車から降りる私にそっと手を差し出し、私の手を取って優雅にエスコートしてくれる。所作が綺麗で、このような場にも慣れているみたい。
すぐ側でロイドお兄様も私を見守っている。
きらびやかな王宮の会場には、既に多くの紳士や色とりどりのドレスに身を包んだご令嬢達で賑わい、私と同じように白いドレスを着たデビュタントの姿も、ちらほらあった。
皆、自分の美しさを引き立てるため、これでもかと着飾り、キラキラ感が半端ない。
会場は思っていたよりずっと広く、大きなシャンデリアや金の装飾が施された高い天井など、見たこともないような豪華な造りで、圧倒されるほど、きらびやかなものだった。
私は早くも場違いな感じでいたたまれない気持ちになり、怖じ気付いた。
アレンは、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、私の手をグイグイと引っ張りながら、会場の中へと進んだ。
---ちょっ...ちょっと待って欲しい..
弱気になる私を待っていたのは、痛いほどの視線。
会場に入るとすぐ、一斉に注目を集める。
皆、遠巻きに私達を眺めながら、ヒソヒソと顔を見合わせながら話している。
「あの娘が?」
「本当に真っ赤な瞳ね。」
「あんな気持ち悪い色、初めて見たわ!」
「まさしく魔女だな。」
………。
そして会場のご令嬢達が、ことのほかざわつき、私のことを睨み付けている。
「嘘!! アレスフォード様が赤魔女をエスコート?!」
「今まで誰にも、エスコートなんてしたことがないのに。どういうこと?」
「サザーランド伯爵がご自分の権力と立場を使ったのよ!」
「こんな役を押し付けられて、アレスフォード様がお気の毒だわ。」
「いや〜! 私、今日こそアレスフォード様と踊ってもらいたいと思ってたのに~」
----あの...扇で口元を隠してるけど、聞こえてます
...いや 聞こえるように言ってるよね?
貴族のご令嬢、怖い...。
それにしてもアレンって、めっちゃもてるのね。
そりゃそうだ。スッゴい美人さんだもんね。今なんて、ちょっと警戒モードで無表情を貫いているけど、色気が駄々漏れだし...。
いつも一緒にいるから、彼の美しさをうっかり忘れてた。
しかも、王太子の側近候補なんて優良物件、皆が放っておくわけないか...。
社交の場なんて初めてだから、そんなこと思いもしなかった..。
----でも待って?
アレンにエスコートしてもらって、私、逆に敵を作ってない?
この作戦、間違ってない?
アレンと一緒にいないほうが、私、安全じゃない?
なんだか訳が分からなくなって、なんだか納得いかないとか思っていると、アレンはおもむろにご令嬢達の方に視線を向け、ニッコリと....、それはそれは、美しい微笑みを彼女達に投げた。
「キャーーッ!!」
黄色い悲鳴があがり、ご令嬢達にどよめきが広がる。
皆、顔を真っ赤にして、卒倒するご令嬢までいる。
でも、彼女達から視線を戻す一瞬、アレンの冷たく青い瞳には、恐ろしいほどの怒気が籠っていて...
ヒッ!!
怖い怖い怖い怖い~~~
アレン、ご令嬢達を殺す気?
てゆうか、何でもないように女性達を惑わし、瞬殺するなんて...。
知らない!
こんなアレン知らない!
いつもこんな感じなの?
女性の扱いに慣れてる?慣れてるよね!?
もしかして、アレンって結構な人たらし?
てゆうか、アレンが一番怖い...。
アレンの殺気に当てられ、思わず手が震えだし、それに気づいたアレンが私の手をぎゅっと握りしめる。
そして、大丈夫だよ、と言わんばかりに私の方に振り向く。
—-いや、怖いの..あなただから!
会場の奥まで進んだところで、ひとりの男性が私達に近づいてきた。口ひげをはやした細身の中年男性。細い目でいやらしく笑っている。
ロイドお兄様が一歩前に出て、男性を迎える。
「これはこれは。ロイド殿。こちらのご令嬢は、もしかして噂の妹君かい?」
「ごきげんよう。ホフマン伯爵。私の妹のキラです。どうぞお見知りおきを。」
お兄様に紹介され、私はカーテシーで挨拶する。
「初めまして。キラ・サザーランドと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
ホフマン伯爵の名前は知っている。確か、エルダー公爵の腰巾着の男。大方、私に探りを入れてきているのだわ。
それにこの男、確か、見たことがある。..夢で..。
...そうだわ。夢の中で若い侍女を虐待していた男!彼女に酷い怪我を負わせていた!
私はぎゅっと体を固くする。
「ふむ。今日は妹君のデビューですか。これは、おめでたい。実に興味深いご令嬢だ。どうですかな。あちらに私の息子エリックがいるのだが、是非、この機会に仲良くできたら、嬉しいのだが。」
ホフマン伯爵は、私を値踏みするように、いやらしい目付きで、私を上から下へとねめつける。
私は、気持ち悪さでゾワゾワし、ますます体が硬直してしまう。
アレンが、私を彼の背中にグイと押しやる。
お兄様は、涼しい顔で答える。
「ありがとうございます。大変光栄なお申し出ですが、本日は、こちらのアレスフォード侯爵子息が、1日キラのエスコートを努めてくださることになっていまして...。また、キラも長い間、療養生活を送っておりましたので、十分な体力がありません。今日も、必要な挨拶をすませたら早々に帰宅するつもりです。ご子息とは、是非、またの機会に。」
ホフマン伯爵はしばらくの間、しつこく食い下がっていたが、お兄様とアレンに阻まれ、ようやく立ち去ってくれた。
私は、挨拶以外一言も話さなくていいって言われていたから、ニッコリ笑顔で微笑み続けているだけだったけど。
でも、次々と、次々と色んな人がやって来ては、同じようなやり取りの繰り返しで。
皆さん楽しそうに談笑しているけど、本当に社交は腹の探り合い、戦場なのねって思って、私はもう笑顔を作る顔がひきつってきて、気が遠くなってきた。
アレンは、ますます私を背後に隠すように押しやるものだから、もう途中からアレンの背中しか見えてなかったし...。
もう無理、思考が追い付かなくなってきたって思った頃、ようやく国王陛下と王妃様がご来場されて、この恐ろしい談笑地獄から解放された。
陛下と王妃様は優雅な足取りで、会場の人々に笑顔で応えながら、王座の前に立った。おおらかで親しみある微笑みを浮かべているが、どこかピリッとした威厳を保っている。
陛下の簡単な挨拶の後、アレンと私は、陛下と王妃様にご挨拶をするため、王座の前に進んだ。
その時には、既に疲弊しきっていた私は、緊張もあって、陛下と王妃様にご挨拶するのが精一杯。
王様から、
「サザーランドの息女キラ嬢か。よく来てくれた。もうデビューの歳か、早いものだな。」
「可愛らしいお嬢様ね。」
ってお二人から、お声かけをいただいたけど、もう正直、何を話したかよく覚えてない。
その後、アレンがクラーク殿下にも私を紹介してくれた。
クラーク殿下は明るい金髪に金の瞳。アレンと正反対の優しい顔立ちで物腰も柔らかく、かなりのイケメン。王子にふさわしい風貌だ。
アレンと並んで立つと、その場がキラキラ輝いて見えて、大騒ぎしているご令嬢達の気持ちがよく分かる。
でも、王様と王妃様へのご挨拶ををなんとか終えて、緊張感から解放されて、もう脱け殻状態になっていた私は、砕けた口調で殿下と話すアレンの姿を見て、アレンは殿下ととっても仲良しなのねって思ったことくらいしか記憶にない。
もちろん、その後のダンスももうグダグダ...。
あんなに練習したのに...。アレンにだって、あんなに練習に付き合ってもらったのに...
情けないほどポンコツで..。
結局、最初から最後までアレンに抱き抱えられるように一曲だけ踊って、会場を後にしたのだった。
なんか、踊っている間、アレンが可笑しそうにニヤニヤ笑ってたのには少し腹が立ったけど、抗議する気力もなかった..。
私は疲れ果て、帰りの馬車の中で寝落ちしてしまったようで、目が覚めた時は、自宅のベッドの中だった。
アレンが部屋まで運んでくれたらしい。
もう絶対、私には社交なんて無理!
一生懸命、勉強して違う生き方を確立しなくちゃと、改めて決心したのだった。




