七 黒持ち
盲点とはまさにこのこと。
魔皇国を警戒して、現魔皇帝のことはもちろん知っているし、その周辺も探っていた。
でも、実際のラスボスは……。
ビジュアル的にも恐らく彼で、間違いなさそうだ。
このタイミングでの留学はもちろん不可解だが、イベントと言われればそれまで。
なんといっても、乙女ゲームの世界なのだから。
未だ茫然とする婚約者殿を盗み見れば、その奥にはなぜか同様にユールティアスという人物を凝視するヒロインの姿も見えた。
いや、まぁ確かにかっこいいけれども。
(あ、そっか。もしかして、これが裏ルートなのか)
ってことは、ユールティアスが自分の父? と戦うことになるの?
それとも、ヒロインと悲恋になる?
裏ルートって、もしかして相当鬼畜?
しかし、ルート全装備の世界に転生してしまったとは。
運が良いやら、悪いやら。
魔皇国との噂がなに一つ聞こえてこなかったのは、彼が留学に来るために情報統制されていたのかもしれない。
そんなのでもみ消せるような内容で、戦争してたのかしら。
「うそでしょ……なんで……」
「シンシア? どうした?」
ヒロインことシンシアが驚愕する中、ペアを組む流れになっていたウルムが心配している。
まぁ、私がライエンと組んだことでペアの相手はメーアスかウルムになるだろうなとは思っていた。
「ユールティアス様、ただいま魔力感知の授業中でして。ペアを組んでいる最中でしたの」
「なるほど、ふむ」
周囲の者や、仲のいい者同士でペアを組むため、席がバラけた状態。
ご令嬢方は、期待を含んだ目線でユールティアスを凝視している。
(私はもちろん相手もいるし、攻略キャラには関わりたくないし)
周囲とは真逆、視線をあからさまに逸らしても目立つ訳で。
ほんの少し、その姿の真横あたりをぼんやり眺めた。
「……では、レ・ローゼンのご令嬢。お願いできないでしょうか?」
「「「「ええ!?」」」」
教室内の皆が一斉にこちらをみる。
ちょ、やめてよね!?
いや分かる。
気持ちは分かる。
魔皇国……、つまり彼は魔族だ。
とんでもない魔力を生徒に浴びせる可能性だってある。
で、あれば。
この国で魔将と名高い一族の私を指名するのは、分かるよ!
でもさ、空気。読めない?
隣にプライドの高いこの国の王子が居るんだよ?
しかもあなたのヒロイン、居ますよ!
「あいつ……黙っていれば!」
「ちょ」
あんたまで空気読まなかったら、私どうすればいいのよ。
王族同士のゴタゴタなんか、絶対巻き込まれたくない!
飛び出しそうな体を服を引っ張って制せば、なぜか驚かれ落ち着いた。
誰だってそうしますよ、ええ。
「……だめ、でしょうか?」
「「「「!」」」」
ああ、ご令嬢方の目が。
ユールティアスは自分の美貌を分かったうえで、小首を傾げてくる。
「い、いえ! 確かに黒持ちのリュミネーヴァ様ですと安心ですね!」
先生すら虜にするとは、恐ろしい。
「--わたしじゃダメですか!?」
突然、黙っていたシンシアが机から身を乗り出す如く挙手した。
おお、やっとイベントか?
これが原作のやつか?
助かった……。
「……、お嬢さん。申し訳ないけれど、貴女の魔力は私にはまぶしすぎる」
「!? あ、そう、でしたよね。……そう、だった」
そうだった。
ラスボスというからには、光の魔法やヒロインの魔力そのものが弱点なのだ。
それで魔力の流し合いは物語が終わってしまう。
なら、これはイベントではないと?
裏ルート、難しいぞ。
「譲って……、くださいますよね?」
いつの間にか近くへと来ていた貴公子は、私の隣に座るプライドの塊に念押しする。
これって外交問題とかに発展しないよね……?
というかなんか、雰囲気変わったな。
「ーー分かってるさ!」
思っていたよりあっさりと。
意外なほど簡単に身を引いた。
公衆の面前でプライドを傷つけられたのだから、抵抗くらいしそうだけど……。
「ありがとう、ございます」
圧しの強さが嘘のように消え、にっこりとほほ笑んだ。
綺麗だが、怖い。
そんな印象。
なにかを察していたであろうメーアスは、代わりにライエンのペアとなっていた。
さすがデキる副官だ。