一 知らぬが仏
乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』、通称ヒカミタ。
魔法がある世界が舞台で、世界で唯一【光の魔法】をつかえるヒロイン、シンシア・テセルが主人公。
エレデア王国にある、エレデア魔法学校がストーリー展開の主な場所で、日本でいうところの専門性の強い高校。
「たしかストーリーでは、主人公たちの強化にあたる魔物との戦闘ターンと、強化された仲間と国同士の争いを乗り切る戦争ターンがあるのよね……?」
なんて重い設定なんだ、というのは置いといて。
「光の魔法が重要視されるのは、魔物や魔族が闇の属性だから」
名前までおぼえていないが、たしか争う相手の国が、魔族の国で。
戦争を仕掛けられたから、それを追い返すってのが筋書だったはず。
「はぁ……、こんなことならプレイしておけば良かった」
顔に手を当てて、己の不運を嘆く。
そう!
ゲーマーながら、前世の自分は乙女ゲームにはあまり手を出してこなかった。
なぜこのゲームを知っているかというと、仲のいい同僚が最近まで休憩中横でプレイしており、時折説明を受けたから。
……主に、推しの。
「で? 私は? なんで悪役令嬢?」
同僚が持っていたゲームのパッケージ。
その本当に、ちょこっと隅に載っていた美麗な令嬢。
同僚曰く、「綺麗だけど憎らしい」登場人物らしい。
詳しいストーリーまでは聞いていないので、大方ヒロインとヒーローの恋路を邪魔するんでしょう。
「ーー冗談じゃない!」
神様とやらが居るなら、問い質したい。
なんでどこの誰かも分からない変質者に命を奪われたか弱い乙女を、よりにもよって悪役令嬢に転生させるのか。
そこはせめて、ヒロインで逆ハー。とかでは?
おまけに、さっきエルドナーレを見て不安がよぎった。
前世の記憶を取り戻したことで、身体が勝手に男性に対して恐怖心を抱いている。
「これでヒロインの恋路? の邪魔するのは無理ゲーでしょ」
しかも、さきほど第一王子と婚約したばかり。
ヒロインとの接触は不可避。
ーー決めた!
「なるべく、男性とは接触しない。これ鉄則」
正直、原作で悪役令嬢リュミネーヴァとは、どのようにしてヒロインの邪魔をするのか分からない。
しかし、今の自分とは間違いなくリュミネーヴァそのもの。
私は、ゲームとしてではなく。
リアルのリュミネーヴァとして、生きていかなくてはならない。
前世の名前すら思い出せないほどに、その存在は定着していた。
「可能なら、婚約破棄も穏便にしたいわね……」
第一王子が攻略対象、イコール婚約破棄は必須だろう。
他キャラの場合どうなるか知らないが、少なくとも悪役令嬢という位置づけならば、首尾貫徹で悪役だ。
さすがに他ルートで国母になる可能性があれば、悪役令嬢とは呼ばないはず。
本家の時間軸よりかなり前に婚約しているということは、ゲームの時間軸までにリュミネーヴァが王子からの不興を買ったか、ヒロインがそれ以上に魅力的だったかのどちらかだ。
あるいは、両方か。
光の魔法を使える時点で、国にとっても最重要人物。
「うーーん、王子が推しの同僚いわく、女好きって設定だったよね?」
第一王子は派手好き、遊び好き、女好きの三拍子で、ヒロインと出会って真実の愛を見付けたそうだ。
それまでに遊ばれた女の子がかわいそう、という野暮なことは言わないが。
そこに私も含まれているなら、簡単なことだ。
「どうせ恐怖で何もできないし、そういう雰囲気になったら全部スルーすればいいのでは?」
良いアイデアだ。
そもそもこの世界がゲームの原作通りに全て進むかも分からないが、どの道、跡継ぎの兄がいる限り公爵家は盤石であり、私も独り立ちできるよう得意な魔法をさらに極めてしまえば良い。
この国の歴史は古いが、いかんせん国土や人口は隣国に劣る。
魔力の強さが重視されるこの世界において、女性も戦いに赴くことはあるのだ。
「ん? 待てよ」
隣国、セラフィニ魔皇国。
魔族の治める国。
「ここと争うことになる……のかな?」
だとすれば、本編前にいろいろと情報を仕入れておこう。
魔法学校の入学まであと四年。
おそらく在学中に争いがおこるはずだ。
そして、その間はなるべく男性と絡まない。
……特に攻略キャラとは!
ひとまず、寝よう。
混濁した頭では、最適など導けない。
鏡に映ったリュミネーヴァは、嘘のように美しかった。