第七話 焦らなくていい。一人でもやれる。そう言ってくれた。
ある人との待ち合わせのために、郊外までやってきた。
「やあ、待たせたかな。
君から連絡があるなんて珍しいね。
すこし嬉しいよ」
そう。
オレは今日、ディーゴージさんを呼び出していた。
「何か相談事かい?
って、そりゃチーターに関することだよね。
どうしたのかな?
もしかして決心がついたのかい?」
「この前の戦いを見て、正直かなり憧れは持ちました。
まあ、元からあったんですけど、より強まったっていうか」
「そうか!
やっぱり見せてよかったよ」
「ただ……」
「戦うことが怖いのかい?
それもわかるよ。
でも、だったら逃げればいい。
洗礼を受けて、戦って、その後もし怖くなったら逃げればいい。
誰もそれを責めないし、リスクもない」
「……いえ、戦うことは怖くないです。
元々、大して人生に未練はないですし……。
あと、レベル999ですし」
「はは、言うね。
でもその通り。
レベル999の超天才の脅威となる支配種なんて現れないだろう。
だけど『人生に未練がない』なんて言葉を若者が使うのは少々聞き捨てならないな。
まあもっとも、長く生きていけばその手の考えも自然と変わるものだし、今はその件の説教は控えよう」
ディーゴージさんはしゃらくさくない大人だと思った。
ありがたい。
「さて、戦うことが怖くないとなると……。
君が二の足を踏む理由は、幼なじみのマッキーさんのことかな?」
「はい……」
「うん、悩むのもわかるよ。
だって彼女の言い分もわかるんだ。
大切な幼なじみが世界の命運をかける戦いに参加するってなったら、誰だって不安になるものさ。
それに、さっき僕は『逃げていい』とは言ったけど、君は恐らく何があっても逃げない。
気だるい雰囲気をかもし出してはいるものの、実のところ使命感も正義感も強いように思えるしね。
つまり君は、危険な目にあっても無茶をしそうなんだ。
だから、彼女も不安を抱いている」
マッキーはオレが危険な目にあうことを心配している……?
確かにそれもあるかと思うが、それだけじゃない気もしている。
その次元の執着の仕方じゃない気がする。
というマッキーへの考察は置いといて、ちょっと気になる話があった。
「あの、さっきから『逃げていい』みたいな話してますけど、チーターって逃げていいんですか?」
「さすがに目の前に現れた支配種から逃げる人はいないけどね。
でも、もう疲れたからと言って、戦いに参加しないことを表明するチーターは結構いるよ。
大々的な報道はしないけど、チーター間には伝わってくる」
「……結構、あることなんですか?」
「あることだね。
レベルの低いチーターは、支配種との戦いも命がけだ。
肉体的にも精神的にもすり減って逃げていく者はいるよ。
でも誰もそれを咎めない」
「それでもディーゴージさんは戦い続けるんですか?」
「そうだね、元々チーターの中でもレベルが高いというのもあるけど、仮に低くても命の限り戦い続けるつもりだった」
命の限り……。
少し重いと思った。オレが浅はかなのか。
「どうしてかと問われれば……、まあ有り体な理由だけど、守るべき家族がいるから、かな」
守るべきもの……。
オレの守るものはなんだろ。
家族? マッキー?
そのマッキーに止められてるって……。
「戦う理由はもう一つあってね。
それは『ここ』が……戦場が、僕の居場所だからなんだ。
僕にはずっと何もなかった。
何もなかった僕がチーターという何者かになった、それは洗礼とコードのおかげ。
だから僕は、ここから離れるわけにはいかないんだ」
何もなかった……。
だから居場所として……。
それはまるで……。
「オレみたい……ですね」
「ん? ああ、そうかもしれないな……。
肯定していいものかわからないが」
「すんません、かまってちゃんみたいなこと言って」
「いや、でも、確かに的を得ているかもしれない。
そうか、なんで僕が君にここまで気をかけるのかわかったよ。
……君は僕に似ているんだ」
「オレとディーゴージさんが……」
オレも立派な大人になれるんだろうか。
「……ふむ、君の気持ちも心配事もだいたいわかったよ。
洗礼はできればしたい、けど、マッキーさんとのこともある。
そして答えを保留することへの後ろめたさもある。
……うん、ベストな回答はないだろうね。
彼女との関係が悪くなるのもイヤだろう。
世界の命運も大事だが、君の個人の幸せや平穏も尊重したい。
だから僕から言えることは、結論を焦らなくていい、これだけになるかな」
「え?
待ってくれるってことですか?」
「ああ、もちろんだ。
悩んで悩んで、それで答えた見つかってからでいい。
何やら女神はとっとと洗礼させたがってるが、焦らせないようにと僕からも強く言っておくよ」
「……ありがとうございます」
“焦らなくていい”
そう言われただけで、だいぶ心の重荷が取れた気がする。
「だけど、一つだけお願いしていいかな」
「なんでしょう」
「もし僕が死んだら、その時は、この辺りの町を守ってくれると嬉しいな。
君が暮らすこの町も、僕が暮らす隣町もどちらも大切だし、大切な人たちがいる。
大丈夫、君なら一人でもやれるよ。
なんたってレベル999だ」
「……わかりました。その時は任せてください」
「ありがとう、安心したよ」
オレはいい返事をしておいた。
だってそんな時は訪れないからだ。
ディーゴージさんが死ぬなんてことは、絶対にないに決まってるからだ。
きっとディーゴージさんもそのつもりで言った。
オレに考える猶予をくれるために、あえて目印となる期限(それも遠い遠い期限)を作ってくれたんだ。
「…………」
「……ディーゴージさん? どうしました?」
「……ああ『観測所』からの連絡があったみたいでね。
現れたようだ」
「支配種ですか」
「ああ、それも、とてつもない大群らしい。
およそ1000体だとか……」
…………!