第五話 反則級の強さ
会話の途切れたところで、支配種が出たという町の外れの丘向こうに着いた。
ザワザワザワ……。
と耳を突いたのは心のざわつきなどではなく、人々の話し声だ。
「あれ?
あの小高い崖の上に人がいっぱいいますね。
これってみんな新聞の記者なんでしょうか……?」
「いいや、半分以上はギャラリーだな」
答えたのはディーゴージさん。
「え、一般人?
自粛破ってる人、思ったよりいるんですね」
ブームみたいになってんのか。
引きこもりすぎて知らんかった。
友達もマッキーしかいないし……。
マッキーは全然誘ってくれなかったな。
「これ、お咎めなしなんですか?」
「まあ、黙認だね。
そもそも憲法の関係で自粛『要請』しか出せないってのもあるけど。
でもそれ以上に、辛い毎日、刺激のない日々を懸命に生きる町の人たちに、ささやかなエンターテイメントを届けたいって想いから特に追い返すこともしないよ。
人々の生活に刺激を与えるのもチーターの役割さ」
人類を滅ぼすなんて言われてる支配種とのバトルが、ささやかなエンタメ……。
危険すぎるだろうとは思うけど、かといって今までギャラリーが死んだなんて話を聞いたこともない。
それだけ勝利は確実で、みんなもそれを疑ってないということか。
……ああ、きっとそうなんだ。
それがチーターなんだ。
レベル99のチーター、ディーゴージさんのすごさなんだ。
すごい。
超すごい。
……まあ、オレは999だけど。
「それに僕たちチーターにも恩恵はあるのだよ。
彼らギャラリーの存在は。
なぜならチーターは、称賛を受けることで輝くからね」
「え……?」
称賛……。
あれ、確か前もそんなようなこと……。
「来ます!」
声を張り上げる女神。
頭を押さえている。
何かを感じ取っている様子だ。
何かって、そりゃ……。
ドッゴオオオンという爆音と共に、地中から200メートルはある支配種が跳ねるように出現する。
相変わらず形容しがたい化け物だ。吐き気がする。
そしてそんな怪物が、地を這い猛スピードでこちらに迫ってきた。
「やばい、やばいっすよ! ディーゴージさん」
さすがのオレもかなり焦った。
ビビりまくりだ。
だけどディーゴージさんは、
「ははは、ビックリしたかい。まあ無理もないよ。
これだけ巨大な生き物は普通いないからね。
……ところで、僕は洗礼を受けた時、ちょうど結婚して子どもができたばかりだったんだ。
命に代えてでも守りたいものができたばかりだったんだ」
「きゅ、急になんの話ですかっ!?」
支配種はこうしてる間にもどんどん迫ってくる。
不思議なのはその動き。
地面を這うとも違う。
走ってる感じもしない。
あれは……地面を泳いでる?
「それに僕はね、チーターとなって得た力を、ただ支配種の退治には使いたくなかった。
コードはもっと社会に役立つ能力であればいいなと思ってたんだ。
例えば、この世界には支配種とは無関係に人同士による戦争や犯罪がある。
僕としては、ただ退治すればいい支配種より、そちらの方がずっと恐怖だった。
家族にとっても脅威だと思っていた。
だから僕は洗礼を受ける時にこう考えていたんだ。
『悪者を確実に縛るチーターになりたい』とね。
……それが僕の理想のチーター像さ」
……確かに、チーターの存在が世に広まるにつれて、戦争や犯罪が減ったとは聞いたことがある。
支配種がいなくなれば、その時はきっと人同士の争いが増えるのだろう。
そして理想のチーター像というワード。
やっと何が言いたいのかわかった。
つまりディーゴージさんのコードは……。
「コード発現!
ライラプスの首輪!」
ディーゴージさんは声を張り上げて手を掲げた。
するとその手の先の何もないはずの空中に、光の輪が現れた。
「それが、コード……」
「ああ、僕のコードさ。
コードが実体のある武器、というのは知らなかったかい?」
てっきり超能力的なものだと思ってた。
実体のある武器……。それがコード。
そうか、だからあの時マッキーはチーターじゃないと判断されたんだ。
何も持たず、素手で殴ったから。
「僕のコードは、一度視界にとらえた相手を確実にとらえる……。
そういう能力……さっ!」
という言葉と共に、手に持っていた光の輪を迫りくる支配種に投げる!
視界にとらえた相手を捕らえる……?
あんなデカいものを?
ありえない。と、自分の中の常識がそう言ってる。
でもそれは間違いだ。
その程度できなくて何がチーターだ、何がコードなのだ、という話なんだろう。
常識で考えちゃダメなんだ。
そんな常識外れの光の輪は、猛スピードで地を泳ぐ支配種へ吸い込まれるに飛んでいく。
だけど……。
「あっ!」
光の輪を見た支配種は飛び上がり、そして地中に潜った。
「面白いな、地面は一切ひび割れを起こしていない。
本当に地面を『水』のように一瞬だけ変質させて潜っているようだ」
「ど、どうするんですか!
捕まえられないですよ!」
「いいや。
僕のコード、ライラプスの首輪はそんなヤワじゃない。
標的は地の果てまで追いかけて、相手を確実にとらえる。
文字通り、地面の底であってもね」
ディーゴージさんは笑って言った。
オレは光の輪に目を向ける。
標的を地中に見失ったはずの光の輪は……なんと、なんの抵抗もなく地中に潜った。
「どんな障害物があっても、それを透過して追いかける。
そして確実に捕まえる。そういう力なんだよ」
ムチャクチャだ。
そんなの反則じゃないか。
なるほど、確かにチーターだ。
「とらえた!」
そうディーゴ―ジさんは言った。
きっと人間には見えない地中の輪と怪物の行動も、能力者本人は感覚が伝わるんだろう。
そして、釣りでもするように腕を振り上げ、それと連動するようにして、
ザッパァァアァアアーーン!
と波音を立てて、地面からあの巨大な支配種が打ち上げられた。
巨大な支配種の巨大な首には、あの光の輪が括られている。
いや、首以外にも手や足、その他可動部は全部縛り付けられて行動ができなくなっている。
なんなんだ、あの光の輪は。
ディーゴージさんの手から発現した時はあんなデカくなかったはずなのに。
数も一つにしか見えなかったのに……。
標的がデカいから捕まえる時にデカくなったということだろうか。
手足を使って暴れるから増えたということだろうか。
なんていい加減だ。
なんてデタラメな強さなんだ。
「すげぇ……」
思わず声が漏れた。
でも、ディーゴージさんのコードの力はこれにとどまらなかった。
ディーゴージさんは広げていた手のひらをゆっくりと閉じていく。
するとそれに連動するかのように「メキメキ」と肉や骨のきしむ音がした。
「グアァァァァアアアーーーー」
叫び声をあげる支配種。
……締めているんだ。あの光の輪を。
絞めているんだ。あの支配種の首を。
「グ……ゴ……ゴガッ……。…………」
そして、あの獰猛な大型の支配種は情けない息を漏らして死んだ。
「やりましたね」
女神はそう言った。
「すげえ……」
ディーゴージさんは勝ったのだ。
「すげえ!」
あの超巨大な支配種を、
町の一つや二つ一瞬で滅ぼすような力を持っているあの支配種を、
地面を泳ぐ意味不明な能力を持ったあの支配種を!
ただの一歩も動かず汗一つかかず、
ただコードを放って手のひらを閉じたそれだけで、
ものの10秒も経てずに殺したんだ。
このディーゴージさんは!!
『ウワァァァアアーーー』
ギャラリーの歓声があがる。
一瞬でも彼らの安全を気にした自分が恥ずかしい。
こんな圧倒的なヒーローに守られて危険もクソもないんだ。
ヒーロー……。そう、ヒーローだ。
チーターなんて言われてるけど、オレにとってはヒーローだ。
反則級のヒーローだ。
オレも、ディーゴージさんのようになりたい!
それがオレの、理想のチーター像じゃダメなのか?
ああ、いい、もう迷う必要はない。
決まりだ、誰がなんと言おうと……。
「リング!」
柄にもなく熱く盛り上がっていたオレの心は、しかしその声で一瞬にして落ち着きを取り戻した。
一気に腹の底が冷える感覚。
振り返るとマッキーがいた。
「フー……、フー……」
マッキーは激しく息を切らしていた。
それは疲れているからにも見えたし、怒っているようにも見えた。
きっとどっちもなんだろう。
「おや、すごいね。
こんなにも早く抜け出してこれるとは。
まだあと1時間は解けない固さにしていたんだけどね。
やっぱり君はタダ者じゃないようだ」
ディーゴージさん……?
何を言って……?
そんなディーゴージさんを無視してマッキーはオレに詰め寄る。
「アンタ、何を見たの?
くだらない戦い見て、心動かされたりなんかしてないでしょうね。
いい?
アンタはチーターになんてならなくていい。
アンタの人生に戦いなんて必要ない。
コードなんて必要ない」
「で、でも、やっぱりオレ……」
マッキーは、すごく怒っていた。
少し、悲しそうだった。
オレも少し、悲しくなった。
でもここで引いたら男がすたる。
「オレ、チーターに……」
「ふんっ!」
「ぐっ!?」
殴られた。
腹。腹殴られた。
頭の血が……一気に引いて……。
意識が……うすれて…………。
ウソ……暴力ヒロイン…………ここまで…………やる…………………?