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第6話 水場には霊が集まるという

 この異世界の果てに鈍異村を転移させ、【英雄の血脈】の連中をそこに閉じ込める為に俺達は殆どの霊力を消費してしまった。


 怨霊といえどもその霊力は無尽蔵ではない。

 少し休んで霊力の回復を待つ必要がある。


 愛や由美子ちゃんとこの後どうするかを相談しようとした時に思わぬチャンスがやってきた。


 彼らの中の一人であるバートンという魔法使いが単身で偵察に向かったからだ。


 俺達にはまだ人をひとり縊り殺す程度の霊力は残っている。

 本来ならばその力を使ったところで俺達の霊力はすっからかんになってしまうけど、幸いな事にバートンの真下には他の冒険者達が集まっていた。


 俺達怨霊にとって獲物の恐怖心は糧となる。

 バートン一人を殺す事で真下にいる冒険者達にも恐怖心を与える事ができれば、俺達はまた霊力を取り戻せるだろう。


 俺達は何も知らずに上空までのこのことやってきたバートンを怨霊の力でバラバラに引き裂いて殺し、まずは血に染まった箒を真下に投げ捨てる。


 冒険者達は地面に突き刺さった箒に集まる。


 そして次は集まった冒険者達の頭上にバートンの血を雨のように降らせると、その血を全身に浴びた彼らはパニックを起こした。


 時間差でバートンの肉片や骨、臓物、衣服の切れ端を降らせて、最後に頭部を落とす。


 我ながらじわじわと恐怖心を煽るこの演出は効果抜群だったと思う。


 彼らの中にはショックで気を失う者、泣きじゃくる者、正気を失って錯乱する者もいた。


 怨霊が獲物の恐怖心を取り込むのは食事をしてお腹が膨れる感覚に似ている。

 しかしそれが霊力に変換されるまでには少し時間差がある。


 俺達は一休みをしながら冒険者達の動向を伺う。


 彼らはバートンの肉片を一か所に集めて焼却し、残った灰を埋めるとその上に近くにあった手頃な大きさの岩を乗せて簡易的な墓を建てた。


 それを見て俺は無性に腹が立ってきた。


 埋葬してくれる人もいなかった俺達の屍は野ざらしのまま朽ちていったというのにこれじゃあ不公平だ。


 冒険者達はバートンを埋葬した後、周囲の探索を始めた。

 彼らの歩く先には俺達が通っていた私立鈍異学園の校舎がある。


 木造の校舎は頑丈だ。

 手入れをする者がいなくなって久しく、校舎の内部は所々崩れているが、まだ外観は最低限校舎としての形を保っている。

 廃墟マニアなら垂涎ものの物件だろう。


 冒険者達は校舎へ向かう途中に野ざらしになっている何体かの白骨に目を止めた。


 鈍異村の人間のなれの果てだ。

 無残にも身体のあちこちが欠損して散らばっている白骨死体の数々は彼らの恐怖心を煽るのには十分な役割を果たした。


 その恐怖心も俺達にとっては糧となり、僅かながら霊力を回復させてくれた。

 それは村人達からの無言の激励だと俺達は受け取った。




◇◇◇◇




「おい、何か見えてきたぞ」


「何だこの建物は。ダンジョンの類か?」


 冒険者達には目の前に現れた私立鈍異学園の校舎が何の施設なのか分からない。

 まずは校舎の周囲を注意深く調べる。


 一通り見て回り校舎から少し離れた場所にあった体育館とプールの跡を発見した結果、冒険者達の意見が三つに別れた。


 体育館の中で朝が来るのを待とうという者、校舎前の校庭にテントを張って朝を待とうという者、そして校舎の中を調べようという者だ。


 そしてこの一団をまとめていたプライズ氏が出した結論は、まずは朝が来るのを待ち、本格的な探索はそれから行うという事だった。


 彼らにとっては校舎も体育館も内部にどんな罠が仕掛けられているのか分からない不気味なダンジョンに他ならないからだ。


 鍵のかかった扉や宝箱を開けたり、罠の解除を得意としているシーフ職の兄弟ゲリングとベルスはこの建物の中にお宝が隠されていると睨んでいたので不満そうにしていたが、この状況では仲間達の足並みがそろわないとそれが即座に死に繋がるのでしぶしぶ従う。


 ギルド【英雄の血脈】も一枚岩ではない。

 プライズ氏も癖者ぞろいの彼らを纏めるのが大変そうだ。

 そこは同情する。


 そんな中、プールに目を付けていた三人の冒険者が前に出て意見を述べた。


「プライズさん、あっちに貯水池があったでしょ。早い内に飲み水は押さえておいた方がいいんじゃないですかね」


 彼らの名前はキンメル、ブル、ミッチャー。

 いずれも腕利きの剣士だ。


 かつて山頂での戦いにおいて、魔物の群れに山の麓にある水源を押さえられて手痛い敗北を喫した事がある彼らは飲み水の重要さを誰よりも理解している。


 長い時間一箇所に溜められている水は腐り、飲料水としては使えない事が多いが、【英雄の血脈】には腐敗した水を浄化させる魔法を使える者もいる。

 その者達は今この場所にはいないが、彼らと合流できれば長期間飲み水の心配はなくなる。


 プライズは顎鬚をさすりながら少し考えた後、貯水池──プール──を押さえておくよう指示を出す。


「そうだな。よし、トリス、お前も手伝ってやってくれ。しかし危険を感じたらすぐにでも戻ってこいよ」


「はい、プライズさん。キンメルさん、ブルさん、ミッチャーさん、宜しくお願いします」


「おう。人手はどれだけあっても困らないからな」


 四人は校庭に残るプライズ達に手を振りながらプールへと足を運んだ。




◇◇◇◇




 プールには溢れんばかりの水が溜まっていた。

 これは雨水が溜まったものだ。


 トリス達はプールに到着すると四方に杭を打ち込んで松明を立てかけた後、ロープを張り先を削った丸太を並べ、魔物の侵入を防ぐ簡易的なバリケードを作る。


 バリケードが完成すると、キンメルはトリスにプライズの下に報告に戻るように指示をする。


 そして残った三人はプールを囲むように三か所に分かれて周囲を伺う。


 俺達が作りあげたこの場所に魔物など現れるはずはないのにご苦労な事だ。


 このまま彼らに大量の飲み水を確保されるのも癪なので、少し驚かせてあげる事にした。


 今の彼らを驚かせるのは簡単だ。


「愛、由美子ちゃん、ちょっと手伝ってもいいかな?」


「なあに詩郎君? また悪巧みでも考えてるの?」


「これは手厳しいな。ちょっとした演出だよ。耳を貸して」


「ふんふん……あはは、何それ」


「詩郎お兄ちゃん、よくそんな事考えるね」


 俺達三人はキンメル達に気付かれないようにこっそりとプールの中に忍びこむ。


 俺達は霊体だ。

 水の中に飛び込んでも音も立たないし水しぶきも上がらない。


 冒険者の四人は俺達の侵入に気付くはずもなかった。



 ピチャン。



 プールの中に入った俺は満を持して怨霊の力で水面を波立たせる。


「何の音だ?」


 真っ先に異変に気付いたキンメルがプールの中を覗き込む。


 俺はそのタイミングでプールの中央で顔を下にしてぷかりと浮かび上がった。


「誰かいるのか?」


 キンメルは松明を掲げてプールの中を見回すと、その中央にうつぶせで浮かんでいる俺を見つけた。


「おい、誰か溺れているぞ! まだ子供じゃないのか?」


 怨霊の力で実体化している俺を幽霊だと気付くはずもなく、キンメル達は俺の事を溺れていると勘違いする。

 キンメルはプールに飛び込み、俺を助けようと泳いで近付く。

 ブル、ミッチャーの二人はプールサイドからそれを眺めている。


 実はこのプールはそれ程深くなく背伸びをすれば足が届く深さなのだがこの暗闇の中では誰ひとりその事に気付いていない。


 キンメルがプールの中央で俺を抱えて仰向けにすると、俺の裂けた腹部が露わになる。


「うわああああああああ!? 何だこれは!?」


 キンメルの絶叫がプールに響き渡った。

 その瞬間俺はかっと目を見開き、力任せにキンメルを水中に引きずり込んだ。


 パニックを起こしているキンメルは手足をばたつかせるばかりだ。

 腰に差している剣も水中では何の役にも立たない。


「どうしたキンメル!?」


 それをプールサイドから眺めていたブルとミッチャーは身体を乗り出してプールを覗き込む。


 そこをすかさず愛と由美子ちゃんの二人が水中から手を伸ばし、キンメルと同じように水中に引きずり込んだ。


「がぼがぼ……ぷはっ、こいつは見覚えがあるぞ、あの時のゴーストか!?」


「うわあああ、こっちのゴーストは顔の半分がないぞ!?」


 パニックを起こしたこの二人を水中に沈める事は怨霊の力を持ってすれば造作もない事だった。


 腐った水をたっぷりと飲み込んだキンメル達はひとりまたひとりと動かなくなった。


 俺達は三人が溺死したのを見計らってプールの水を少しずつ血のように赤く染める。


 演出は大切だ。


 丁度そのタイミングでトリスが戻ってきた。


「キンメルさん、そういえば聞き忘れていましたけど、プライズさんからもう何人か人手を回して貰った方が良いですか……って、あれ? キンメルさん? ブルさん? ミッチャーさん? どこです?」


 トリスの目に入ってきたのは静寂に包まれたプールサイドと、真っ赤に染まった水面だ。


「なんだこれは!? キンメルさん!? ブルさん!? ミッチャーさん!? どこにいったんですか!? 一体、何があったんですか!? うわああああああああああ!!」


 トリスは恐怖に取り乱しながらプライズのいる校庭へと逃げて行った。


 運が良い奴だ。

 もし水面に近付いていたらこの中に沈めてあげたものを。



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