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第5話 翼を折られた鳥



 怨霊と普通の幽霊の違いを挙げていくとキリがないが、特に顕著なのが怨霊が持つ人知を超えた強大な力だ。


 穏やかな霊魂はせいぜい霊感を持つ人間なら感じ取れる程度の微弱な思念を送るか、簡単なポルターガイスト現象を起こす程度の力しか持たない。


 しかし怨霊と呼ばれる存在は範囲キロメートルに渡って世の理を作り変えるレベルの力がある。


 その強さは怨みの強さに比例する。


 これは俺達三人だけの怨みではない。

 俺達の後ろには更に異世界の呪いによって理不尽に殺されていった千人を超える村人達の怨念が渦巻いている。


 これだけの規模となると伝説レベルの名のある悪霊や祟り神にも匹敵する力を発揮できる。


 しかし他者の命を奪うという行為については夥しい量の霊力を消費するので、如何に怨霊といえども【英雄の血脈】のメンバーを瞬時に皆殺しにする事は不可能だった。


 ホラー映画等で怨霊に狙われた主人公の一行がなかなか全滅しないのにはそういった理由がある。


 こればかりは上手く霊力を遣り繰りしつつ一人ずつ順番に殺していくしかなさそうだ。



 ちなみにこれは日本の怨霊の特徴である。

 死者の魂がどうなるのかはその地域を管理している神によって異なる。


 どうやらこの異世界では死者の魂が日本の怨霊のように強大な力を持つ事はなく、せいぜい短い時間現世を彷徨った後にそのまま昇天するのが普通らしい。


 この世界でも幽霊(ゴースト)という存在はあるが、人間に危害を与える程の力を持つ者は殆どなく、悪さをしようとしても聖職者にあっさりと浄化魔法で消されるのがオチだそうだ。


 つまり冒険者達は俺達の持っているこの強大な力の事など知る由もなく油断しきっている。

 いずれは気付かれるだろうが、このチャンスを利用しない手はない。



 さて、俺達が暮らしていた鈍異村は周囲を険しい山と深い森に囲まれた静かな村だ。


 【英雄の血脈】のメンバーへの復讐劇にこれだけ相応しい舞台はないだろう。


 俺達三人は怨霊の力で地球からこの世界の果てまで鈍異村を周囲の森ごと転移させ、その村のあちこちに【英雄の血脈】のメンバーをランダムで呼び寄せて閉じ込めた。


 一人も逃がさず殺す為に。


 一方、元の世界からは一夜にして俺達の鈍異村が煙のように消えてなくなった事で「令和の神隠し」等と呼ばれてオカルト業界を中心に大いに話題となったが、最早俺達とは関係がない話なので割愛する。




◇◇◇◇




 鈍異村に閉じ込められた冒険者の一人であるトリスという青年は最近【英雄の血脈】に入った新人だが、その潜在能力の高さは周りからも一目置かれていた。


 彼は英雄エンフラーグの信奉者で、在りし日のエンフラーグの冒険譚に憧れて【英雄の血脈】の門を叩いたクチである。


 トリスが気が付いた時、周囲は深い暗闇に包まれていた。


「どこだここ……何も見えない」


 トリスは首を捻り目を凝らしながら周囲を見回す。


 ついさっきまで他の冒険者達とギルド生誕七十周年のパーティーを楽しんでいたはずだ。

 いつの間にか酒に酔い潰れて寝てしまったのか。

 つまりこれは夢の中なのか。


 トリスはそのような事を考えながら自分の周りを手探ると、愛用の道具袋が落ちていた。


 中から松明を取り出し簡単な炎魔法を使って松明に火を灯す。


 灯りに照らされて浮かび上がってきたのは無数の木々だ。


 どうやら自分は森の中にいるらしい。

 時間は夜のようだが、空が曇っているのか月明かりどころか夜空の星も見えない。


 頬をつねると痛みがあった。

 夢の中ではないらしい。


 自分の身に何が起きたのだろうか。

 トリスは先程までの事を思い出した。


「確かパーティー会場に小さな女の子のゴーストが現れて……フィロリーナさん達と何かを話していた気がする。何を話しているのかはよく聞こえなかったけど……そうだ、確かその直後に地震が起きて……その後どうしたんだっけ?」


 トリスは頭を捻って記憶を呼びだそうとするが、何も思い出せない。

 それもそのはず、その直後に俺達の怨霊の力で彼らをこの場所に閉じ込めたからだ。


 彼らには失われた記憶など最初から存在しない。


 パーティー会場からこの場所までずっと彼らの意識は続いている。

 この急激な環境の変化に彼らの思考が追いつかず、意識が飛んだと錯覚しているだけだ。


 トリスが茫然としていると、前方の茂みがごそごそと音を立てた。


「ま、魔物か!?」


 いくら潜在能力があるとはいえ、トリスは駆け出しの冒険者だ。

 まだ満足に魔物と戦った経験はない。


 トリスは恐慌にかられ後ずさる。


 次の瞬間、ガサッという音と共に茂みから大きな影が飛び出してきた。

 その手には自分の背丈ほどはあろう大きさの大剣が握られている。


「うわあっ!?」


 トリスは尻もちをついてへたりこんだ。


「や、やられる……!」


 しかしその大きな影はトリスを見下ろしながら足を止めて言った。


「トリス、お前も無事だったか!?」


「え? ……お、脅かさないで下さいよプライズさん」


「悪い悪い。驚かせるつもりはなかったんだがな」


 立派な髭を蓄えたこの壮年の男性は【英雄の血脈】で五指に入る実力者である魔法戦士プライズだ。

 冒険者としてのランクはSランクで、単身でドラゴンを討伐した事もある。


 その後ろからは【英雄の血脈】に所属する冒険者が数人ついてきた。

 いずれもAランク以上の実力者ばかりだ。


「今この場にいるのはこれだけか。他の者とはどうやら離ればなれになってしまったようだな。みんな無事でいてくれればいいが……」


「プライズさん、一体何が起きているんでしょう? それにここはどこなんですか?」


「分からん。俺達はあのパーティー会場からこの場所に強制転移させられたらしい」


「一瞬であれだけの人数をですか? 誰がそんな事を……」


「考えられるのはあの時パーティー会場に現れたあのゴーストだが……」


「プライズさん、伝説のゴーストの王リッチならともかくいくらなんでもあんな小さな子供のゴーストにそれだけの力があるとは思えませんが……」


「そうだな。今は考えていても仕方がない。とにかく他の皆を探そう」


「よし、俺がちょっくら上空から周囲の様子を見てこよう」


 そう言って名乗り出たのは黒い三角帽子とローブがトレードマークの青年魔法使いバートンだ。

 バートンは飛行魔法を得意としており、有事においては上空から周囲の様子を偵察するのが主な仕事だ。


「バートンさん、こんな暗闇で何が見えるって言うんですか?」


「トリス、よく覚えておけ。暗闇だから好都合な事もあるんだぞ。空からなら仲間達の松明の灯りが良く見えるだろう。それに近くに町があればもっと明るい光が見える。もし完全に真っ暗ならばこの付近には誰もいない事が分かる」


「なるほど、勉強になりますバートンさん」


 トリスは得心がいった様子でポンと膝を叩いた。


「気をつけろよバートン。上空にどんな魔物が潜んでいるかも分からんからな」


「大丈夫ですよプライズさん。俺の魔法の飛行速度は飛竜よりもずっと速いんだ。いざとなったら全力で逃げ戻ってやるさ」


「ははは、それは威張って言う事じゃないな」


「ごもっとも」


 バートンは笑いながら意気揚々と愛用の箒に跨り、飛行の呪文を詠唱する。


「んじゃ行ってくるぜ……飛行魔法、フライングフライハイ!」


 次の瞬間バートンの足下から上昇気流が発生し、バートンの身体は徐々に浮き上がる。

 上昇気流はあっという間に突風のような勢いとなり、バートンの身体は一気に上空へと運ばれていった。


「いつ見てもあいつの魔法は凄いな、もう姿が見えなくなった」


 プライズ達は地上からバートンが飛んで行った先を眺める。

 しかし彼らがいるのは見知らぬ土地だ、

 どんな魔物が生息しているか分からないので周囲の警戒は怠らない。


 そしてそのまま何ごともなく五分、十分と時間だけが過ぎていった。


 バートンはまだ戻らない。


「ずいぶんと遅いな。どこまで上昇したんだ?」


「成層圏まで行ってたりして」


「それ死んじゃうから、ははは……」


「お、戻ってきたぞ」


 視力の良さに定評があるハンター職のライズボーンが上空から降りてくる物体を視認して言った。


「あれ? おかしいぞ……」


 しかし戻ってくるにしては速度が速い。

 どう見ても自由落下のそれだ。


 そしてドスンという音と共に、冒険者達の目の前にそれは落ちてきた。


「おい大丈夫かバートン! いや、これは……」


 落下の勢いで地面に突き刺さっていたのはバートンが跨っていた箒だけだった。

 トリス達はお互いの顔を見合せながら安堵の息をもらす。


「なんだよ箒だけかよ、驚かせやがって」


「大方手を滑らせでもして箒だけ落としてしまったのだろう」


 バートンは別に箒がなくても飛行魔法を使う事ができる。

 彼が箒に跨っているのはその方が空中での移動が楽だからだ。


 しかしその緩んだ空気は一気に張り詰めた。

 箒が赤黒い液体で濡れていたからだ。


「おい、なんだよこれ……血じゃないのか?」


「まさか……見間違いだろ。ほら、この暗闇の中松明の灯りだけじゃ良く見えないからな」


「そ、そうだよな。落下の衝撃で泥でもへばりついたんだろう。まったく、紛らわしいな」


 彼らはそう言って陽気に振る舞うが、俺達には目の前の現実を認めたくなくて逃避しているだけにしか見えない。

 その証拠に彼らの声が震えているのがはっきりと聞き取れる。


 ポツ……ポツ……。


 時間差でトリス達の頭上に液体が降り注いだ。


「おっと、雨が降ってきやがった。お前ら木の下で雨宿りをするぞ」


「あれ、おかしいな。なんかこの雨色がついていないか? それに匂いも……うわあっ!?」


 真っ赤な色をしたその雨は冒険者達を頭から赤く染めていく。


「血……人間の血だ!!」


 ボト……ボト……。


 狂乱するトリス達の近くに続いて落ちてきたのは異臭を放つ拳大程の塊の雨だった。


「何だこれ……何かの肉の破片……こっちのは臓物のような……まさか……」


 その塊に紛れてヒラヒラと黒い布の切れ端も落ちてくる。


 トリス達にはそれが何なのか既に分かっていたが誰も口にしようとはしながった。

 いや、認めたくなかったと言うべきだろう。



 ドサッ。



 そんな彼らをあざ笑うかのように、最後に落ちてきたのは──



「バ……バートン!」


 ──先程飛行魔法で空高く昇っていたバートンの生首だった。

 落下の衝撃で不自然に変形したその頭部だが、恐怖に引きつったようなその表情だけははっきりと見てとれた。


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