第43話 離脱
「よし、今日はこのくらいで勘弁してやろう。皆、撤収するぞ!」
この日俺達は冒険者達が昼食の準備を始めたところを襲撃し、四人を始末したところで引き上げた。
鈍異学園の校庭という拠点を失った冒険者達は村を彷徨った末に住宅地の廃屋などに隠れていたが、どこに隠れていてもイリーナとアルルの嗅覚を持ってすれば即座に居場所を突き止める事ができた。
既に村のあちこちで腐臭を撒き散らしていた屍もラミィの聖なる力によって全て浄化されているので、イリーナとアルルの追跡を妨げるものはもう何もない。
強大な魔力を持つシトリーネだけは一筋縄でいかず未だに仕留めきれていないが、彼女も度重なる襲撃で日に日にやつれている。
彼女を仕留めるのも時間の問題だろう。
今日の襲撃で生きている冒険者は残り五人まで数を減らしていた。
ギルドマスターシトリーネ、魔法戦士プライズ、戦士バジマーツ、魔法使いマルクル、新米冒険者トリス。
この中でシトリーネ以外の冒険者はいつでも殺す事ができる自信がある。
Sランクの冒険者であるプライズですら最早俺達怨霊の敵ではない。
残りの三人がまだ生き残っているのは、今まで偶々俺達のターゲットにならなかっただけの話だ。
バジマーツは相棒の惨たらしい死からまだ立ち直っておらず、マルクルの魔力はシトリーネと比べれば雀の涙ほどだ。
俺達にとっては何の脅威にもならない。
トリスに至っては優れた冒険者の素質があるといっても所詮は経験も浅いルーキーだ。
才能が開花するまでにはこの先何年も経験を積む必要があるだろう。
むしろ今の彼はあまりにも弱すぎるので率先して殺す理由がなく、後回しにしてきただけという理由もある。
このままのペースで襲撃を繰り返せば明日にでもあいつらを全滅させられるだろう。
「こんな一方的な展開になるとはちょっと予想外でした。フィロリーナさんにももう少し頑張って貰いたかったですけどね」
自宅に凱旋する俺達の横で呑気にそう呟いているのはディアネイラの霊体だ。
怨霊である俺が言うのも何だが、相変わらずこの人の倫理観はよく分からない。
「お前はいつまでここにいるつもりなんだ? ここから先は消化試合だから見てても面白くもなんともないと思うぞ?」
「そのようですね。私もそろそろお暇しようかしら」
「おう、さっさと消滅しろ」
「はい。それではさようなら」
ディアネイラは俺達に向けてペコリと頭を下げ去っていった。
「やれやれ、俺達の邪魔をする訳でもなかったし、本当に何だったんだあいつは」
「もう何の力も残ってなかったみたいだしね」
「まあいいや、俺達もかなり力を消耗している。明日の戦いに備えてゆっくり休んで霊力を回復させるぞ」
◇◇◇◇
生き残った五人の冒険者は村を出て西の方角へ移動を開始した。
村の周囲には深い森が広がっている。
並の冒険者なら森で迷って遭難するのが関の山だが、この村に留まっていてもいずれゴースト達に殺されるだけだ。
ならば一か八か森を突破して逃げるしかないと彼らは判断した。
「まずは道を作りましょう。衝撃波魔法、ヘルズインパクトライン!」
シトリーネは魔力を集中し、前方に向けて衝撃波を放つ。
射線上にある木々は一瞬にして薙ぎ倒され、五キロメートルほど先まで一直線に道ができた。
「さあ進みましょう。真っすぐ進めばいつかはどこかの町に辿り着くはずです」
シトリーネが先陣を切って進み、その後ろをトリス、マリクル、バジマーツの順に続く。
最後尾のプライズは後方からの襲撃に備えて殿軍を受け持つ。
「プライズさん、どうですか? 奴らは追ってきていませんよね?」
「トリス、駆け出しとはいえお前も冒険者の端くれだ。そんなにおどおどするんじゃない。見苦しいぞ」
「は、はい。申し訳ありません」
「お前は精神的な弱さが目立つ。もし無事にギルドまで帰れたら一から性根を叩き直してやるから覚悟しておけよ」
「はい、望むところです! 絶対に無事に帰りましょう!」
「皆さんが無事に帰る事はありません。それにトリスを鍛える時間の猶予もありません」
「うん? プライズさん今何か言いましたか?」
「いや、何も……まさか、ゴーストが追ってきたのか!?」
プライズ達は周囲を見回すがゴーストらしき者の姿はどこにも見えない。
「ふう、気のせいか」
「やはり、私の声は聞こえていないようですね。ただ一人を除いては」




