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第4話 そして俺達は怨霊となった



 冒険者ギルド【英雄の血脈】は七十年の歴史を持ち、このハンティア大陸で最も規模が大きな冒険者ギルドである。


 かつて大陸全土を恐怖のどん底に陥れた大魔王カースアラライを討ち滅ぼした大魔法使いエンフラーグは、引退後に後任の冒険者達を確保し育てる為にこの地に冒険者ギルドを設立した。

 魔王殺しの英雄エンフラーグに憧れる者は多い。

 大陸の各地から名のある冒険者が続々と集結し、いつしか【英雄の血脈】は少数精鋭とはいえ王国の騎士団をも凌ぐほどの一大勢力へと成長していった。


 エンフラーグ亡き後もその志は子孫達に受け継がれ、現在はその曾孫にあたる大魔法少女シトリーネがギルドマスターを務めていた。


 今日はギルド設立七十周年の記念パーティーで、総勢百人にも及ぶギルドメンバーが一堂に集まり大いに盛り上がっていた。


 由美子ちゃんがそのパーティー会場に現れたのは宴もたけなわになった頃だ。


 荒くれ者ぞろいの冒険者ギルドの宴会の場には似つかわしくない年端もいかないおっとりとした少女。

 冒険者達は警戒こそしないものの訝しげに少女に視線を移して言った。


「ありゃ? この子誰の子だ?」


「いや、知らねえ。……っていうか、この子人間か? ちょっと変だぞ」


 由美子ちゃんの身体は半透明だ。

 明らかに生きている人間ではない。


「ゴーストじゃないか? 何でこんな所に?」


 しかし日々魔物と戦う事を生業としている冒険者達にとってゴーストなんて見慣れたものだ。

 こんな事でいちいち驚く者はギルド内にはひとりもいない。


 まずはギルド一の召喚士でありSランク冒険者のハムールという壮年男性に皆の注目が集まる。


「おいハムール、このゴーストは宴会芸か何かでお前が召喚したのか?」


「いや、知らんよ。野良ゴーストが紛れ込んだんじゃないのか?」


「そうか部外者か。だったらさっさとお引き取り願おうぜ」


 ギルド【英雄の血脈】には様々な分野のエキスパートが揃っている。

 特に僧侶ディアネイラや聖女フィロリーナの二人にとってゴーストの駆除はお手の者である。

 悪霊ならば浄化魔法で強制的に消し去り、そうでないのなら自主的に成仏するように説得する事もある。


 この日は聖女フィロリーナがその役を引き受けた。

 神聖な雰囲気を醸し出す純白の修道服を身に付け、透き通るような水色の長い髪が魅力的なその女性は由美子ちゃんに近付くと膝を曲げて背の低い由美子ちゃんに目線を合わせ、優しく声を掛ける。


「ねえお嬢ちゃん、どうしてここに来たの? お名前は?」


 カラーリングこそ異なるが、隠れキリシタンによって作られた鈍異村の教会にも似たような格好をしたシスターが何人もいた。

 由美子ちゃんは馴染みのある服装をしたお姉さんに親近感を覚えて表情が柔らかくなる。


「私の名前はクシビキユミコです。あの、お姉ちゃん達に聞きたい事があるんですけど」


「あら、迷子じゃなくて私達に用があったのね。それにしても変わった名前ね。どこの国の子供かしら? いえそれよりもお嬢ちゃん、あなた今自分がどういう状態か把握してる?」


「……幽霊(ゴースト)って事ですか?」


「そうそう。可哀そうに、何か未練があってこの世を彷徨っているのね。大丈夫、お姉さんに任せて。浄化の力で天国に送ってあげるから」


 余計な御世話だ。

 由美子ちゃんは首を横に振って拒絶の意思を示し質問を切り出す。


「それよりも、エンフラーグって人について教えてもらえますか? 私、どうしてもその人の事が知りたくて」


「エンフラーグ様に興味があるのね。いいわよ教えてあげる。エンフラーグ様はね、かつてこの世界を征服しようとした魔王カースアラライを打ち滅ぼした偉大なる英雄なのよ。そのエンフラーグ様が設立したのが私達の冒険者ギルド【英雄の血脈】よ」


「英雄が呪いを振り舞いたんですか?」


「呪い? 何の事かしら?」


 首を傾げるフィロリーナの前に緑色のローブを身に纏ったキザな感じの若い魔法使いが前に進み出て答えた。


「ああ、ひょっとしてあの事じゃないか?」


「アビゲルさん、心当たりがあるんですか?」


「今から丁度七十五年前の話だ。エンフラーグ様に倒された魔王カースアラライは死の間際に最後の悪足掻きでこの世界に狂気の呪いを放ったのさ。エンフラーグ様は咄嗟にその強力な魔力で次元に穴を空け、外の世界に呪いを捨て去ったと言われてるぜ」


「えっ……それって……」


 由美子ちゃんは言葉を失った。

 間違いなくそれは俺達の村を襲った呪いだ。

 つまり俺達の村の皆は彼らの身代わりになって滅びたのだ。


 緊急避難と考えればエンフラーグの行動は仕方がない事とも言える。

 事実、心優しい由美子ちゃんはその話を聞いてもエンフラーグを憎む気持ちは沸いてこなかった。


 しかしそれに続く彼らの言動によって由美子ちゃんの心はどす黒い怨念に染められる事になる。


「しかしエンフラーグ様も凄いよな。こんな事もあろうかと予め呪いの放棄先を準備しておいたんだから」


「え……どういう事ですか?」


「エンフラーグ様は魔王の呪いについてずっと前から調べていて知っていたんだ。それでいざという時の為に直ぐに対処できるように()()()()()として利用する場所の目星をつけておいたというぜ」


「ゴミ捨て場……?」


「エンフラーグ様が仰ってたそうだぞ。碌に魔法文化も発達していない原始的な世界が見つかったってな。次元の穴を空けた先にあった村の住民はみんな猿みたいなものだから、呪いを投げ捨てても良心が痛む事はなかったって」


「そんな……酷過ぎる……」


 あまりの言い草に絶句する由美子ちゃんに、アビゲルは薄ら笑いを浮かべながら続けた。


「あはは、何が酷いものか。相手は原始人だぞ。それにエンフラーグ様は呪いを捨てた後にもその世界の様子を気になさってたんだぞ。幸い魔王の呪いは思った程の感染力はなくて、穴の先にあった村がひとつ滅んだだけで収まったそうだ。魔王の力も大した事なかったな、ははは」


 得意そうにエンフラーグの行為を褒め称えるアビゲルに続いて周りの冒険者達も便乗して話に加わっていく。


「それにしても気の毒だったのは呪いを捨てられた先の世界に住む連中だよなあ」


「本当に運が悪いといか言い様がないな。あいつらよっぽど日頃の行いが悪かったんだろうな」


「日頃の行いが悪い……? なにそれ……」


 由美子ちゃんは冒険者達の心ない言葉の意味がなかなか理解できず、放心したように立ちすくんでいる。


「アビゲルさん、クロードさん、やめて下さい。そんな事を言うものではありませんよ」


「お姉ちゃん……」


 そんな中、聖女フィロリーナが前に出て不謹慎な軽口を叩いた冒険者達を(たしな)めた。

 さすが聖女と呼ばれるだけあって、自分達の為に犠牲になった者を乏しめるような口のきき方を許せるはずもなく──



「いいですか? 神様は公平です。罪を犯した者には同等の罰を与えるの。私達の身代わりになった事で彼らの罪は全て清算されました。これ以上悪く言うのは止めて差し上げましょう」


「へーい」


「私達も彼らのようにならない為に、日々誠実に生きていきましょうね」


「分かった分かった、聖女様には敵わねえや」


 ──事もあろうに聖女フィロリーナは俺達の村を反面教師として吊し上げ、上手くまとめた気になって満足していた。


 由美子ちゃんはそんな彼らの様子に絶望し周囲を見回すと、他の冒険者達も皆口を揃えて鈍異村の人達の事を自業自得だの、罪人の村だのと言いたい放題こき下ろしているのが分かった。


 謝罪の言葉を述べる者は一人もいない。

 今この場にいる誰ひとりとして俺達の村を滅ぼした事に対して罪悪感を持っている者はいないのだ。


 俺達の村の人間がいったいどんな罪を犯したと言うのか。

 ただ自然に包まれたあの場所に長閑な村を作って穏やかに暮していただけなのに。


「……さない……」


「え? 何か言ったかお嬢ちゃん?」


 ドドドド……


 地鳴りと共に突如地面が激しく揺れた。


「ん? 何だ地震か!?」


「あなた達絶対に許さない! うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 由美子ちゃんの絶叫と同時に揺れは激しくなった。


 由美子ちゃんの小さな身体からはどす黒い瘴気がとめどなく放出されている。


 怨霊の誕生だ。


 こうなったらもう誰にも止められない。



 由美子ちゃんの怨みの念は周囲に伝播し、建物の外から様子を伺っていた俺達の頭の中にもはっきりと伝わってきた。


 俺と愛も想いは同じだ。

 由美子ちゃんが怨霊になるなら俺達もそれに続くだけだ。


 俺達のなすべき事は一つ。

 今ここの場にいる全員を地獄の底に叩き落としてやる。


 ギルド設立七十周年の記念パーティーはここでお開きだ。


 これから先は俺達の復讐パーティーを始めよう。






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