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第36話 村長宅にて



「シトリーネ様見て下さい、なんか凄い宝箱がありましたよ!」


 マルセリカは満面の笑みを浮かべながらケルピムが運んできた金庫を見せびらかす。


「ちょっと開け方がよく分からないので少し時間が掛かりそうですけど、中に何が入っているのか楽しみです」


 その金庫はこの異世界には存在しないダイヤル式の物だ。

 鍵穴が無い為マルセリカの七つ道具も役に立たず、かといって金庫を破壊しようものなら中身も一緒に壊れてしまう恐れがある。

 マルセリカは金庫を嘗めるように見回しながら突破口を探っている。


「仕掛けがありそうなのはこの回転するつまみの部分だけど……これを回せばいいのかな……何かの規則に従って……うーん……」


 マルセリカの意識は既にこの金庫をどうやって開けるかの一点に移っていた。


 ロンティアはそんなマルセリカの様子を「やれやれ」と眺めながらシトリーネの前に出て戦利品を掲げる。


「シトリーネ様、私は不思議な武器を見つけました。恐らくこの地域で使われていた狩猟道具と思われます。きっとこの穴から何かが飛び出す仕組みなんでしょう」


 今まで見た事もない不思議な道具を前に徐々にロンティアが早口になっていく。


 しかしそんな興奮冷めやらぬ彼女達をシトリーネは冷めた目で見ながら言った。


「そんな物を回収する為にあなた達をこの建物に侵入させたのではありません。私はこの建物中にもっと重大な秘密が隠されていると見ています」


 【英雄の血脈】の中で最も怒らせてはいけない人物は間違いなくシトリーネだ。

 さすがのマルセリカもその不穏な空気を感じ取り手と口を止める。


「あ……ごめんなさい、宝物を見るとどうしてもシーフのくせで……」


「私もハンターとしての本能が……」


「もういい。私が中を調べます。あなた達は周囲を見張っていて」


「はい、シトリーネ様……」


 シトリーネはひとり屋敷の中に侵入し、千徳村長の白骨死体があった客間へと足を進める。


「この人物には外傷は見当たらない。どうして座ったまま命を落としたのかしら……老衰……病気……衰弱死……あら、これは何かしら?」


 シトリーネは床に落ちていた一冊の書物に目を止め、それを拾い上げた。


 書物の中には手書きの文字が綴られており、ページを捲る度にその筆跡が目に見えて荒れていくのが分かった。


 シトリーネは千徳村長の屍を払いのけて代わりにその椅子に座り、翻訳魔法を掛け書物の内容を読み取る。


 昭和二十一年○月◇日△曜日。

 私は来週鈍異学園で行われる運動会のスピーチを任される事になった。

 子供達に何を話せばいいのか思いつかない。

 しかしテンプレ的な挨拶をするのも芸が無い。

 きっと来週の自分が面白い話を思いついてくれると信じ筆を置く。


「どうやら日記のようね……」


 シトリーネはページを捲り、続きを読む。


 そこには千徳村長がこの村で過ごした穏やかな日々が綴られていた。


 そして運命の日。


 昭和二十一年■月◎日★曜日。

 村はもう終わりだ。

 私も近い内に死ぬだろう。

 何時の日かこの村の跡を訪れた誰かがこの日記を見てくれると信じ、この村で起きた事を記す事にした。


 時刻は十二時過ぎ、どこからともなく黒い霧のようなものが発生し、鈍異村を包み込んだ。

 私は偶々自宅の中にいたので無事だったが、外には恐ろしい光景が広がっていた。

 村の大人達はまるで狐につかれたように暴れ出し、隣人同士で殺し合いが始まった。

 鈍異村の人々は温厚な者ばかりだ。

 この村では今まで殺人はおろか、傷害事件すら起きた事が無い。

 皆正気を失っている。

 考えられる原因は黒い霧だ。

 きっと私もあの霧に触れれば狂気に取りつかれる。


 私の屋敷の敷地内まで黒い霧が入って来ないのは、この村の特異な形状に魔除けの効果がある為だろう。


 しかし敷地から一歩も外に出る事ができなくなった。

 あの黒い霧がどのくらいの期間ここに漂っているのが分からない。


 神よ、どうかこの村の皆を救い給え。



 その後も日記は続いているが、日に日に筆跡は荒れ、内容も支離滅裂になっていく。

 極限状態に曝し続けられた彼の精神が徐々におかしくなっていった様子が窺い知れる。


 最後のページに書かれていたものはもはや文字として認識する事もできず、翻訳魔法の力を持ってしても内容を解読する事は出来なかった。


「黒い霧……そういう事だったのね」


 全てが繋がった。


 ここはかつて英雄エンフラーグが魔王の呪いを廃棄した村だ。


 その場所に自分達が閉じ込められたという事は、その村の被害者が自分達に対して復讐をしているとしか考えられない。

 ギルド設立七十周年のパーティー会場に現れたのは間違いなくこの村の住人のゴーストだ。

 思えば彼女も自分達の世界では決してつけられる事はないような聞き覚えのない名前だった。


 シトリーネ達の世界ではゴーストは無力な存在にすぎないが、異世界でも同じであるという保証はない。


「本当に厄介な遺産を残してくれたものね、エンフラーグ様は」


 シトリーネは深く溜息をつき、ゆっくりと腰を上げる。


「早急にゴーストの対策を考えないと」



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