第35話 私が村長です
村長の屋敷の周囲は不思議な光に包まれていた。
「何でしょうこれ?」
ロンティアが小首を傾げながらその光にそっと指で触れると、バシッという音と共に後方に弾かれた。
「痛っ……これは結界? こんな廃墟の村にどうしてこんなものが……怪しいですね。中に何が隠れているんでしょう?」
「皆さん離れていて」
シトリーネは魔力を放出してその光に干渉させ、結界を作り出した力の出所を伺う。
それは屋敷の百メートル程上空から降り注いでいた。
そしてその力は更に六つの方角から集まっている。
その内の一つは自分達が先程まで拠点としていた図書館の方向から来ていた。
「なるほど、そう言う事。……ファイア」
シトリーネは今歩いてきた方角に向けて炎魔法を放つ。
数秒後、遠くで爆炎が上るのが見えた。
「シトリーネさん、何をしたんですか?」
「この結界の根源をひとつ……先程まで私達がいたあの建物を潰しました。これで結界が消えて中に入れるようになったはず」
シトリーネの言う通り、先程まで屋敷を包んでいた光は既に消えていた。
この鈍異村は村長の屋敷を中心に、籠目の文様──六芒星──を描くように道路が走り、その頂点にあたる場所にそれぞれ鈍異学園、住宅地、鈍異病院、図書館、墓地、公園が配置されていた。
古来より日本では籠目の文様には魔除けの力があるとされている。
その結果村長の家には魔の力を退ける不思議な結界が張られており、魔王の呪いもこの場所までは及ばなかった。
しかし屋敷を一歩でも出れば魔王の呪いによる狂気が襲い掛かる。
村長は一歩も外に出ることができず、屋敷の中に何日も閉じ込められた状態で最終的に衰弱死をしてしまった。
「それにしてもシトリーネさん、あそこまでどれだけの距離があると思っているんですか……」
魔法は距離が離れるほど当然威力が落ちていく。
村長の屋敷から図書館までの距離は数キロメートルはある。
並の魔法使いでは炎が図書館に届く前に消滅してしまうだろう。
ギルドメンバー達はシトリーネの規格外の魔力に改めて舌を巻く。
「こうして見ると変わった造形ですが立派な建物ですね。きっとこの地域を支配していた権力者のお屋敷でしょうか」
「ここに何か書いてある」
シトリーネは門の横に掲げられていた表札を見つけ、翻訳魔法をかける。
「千徳 正義……この屋敷の主の名前ということでしょう」
「それじゃああたしが中の様子を見てくるよ」
そう名乗り出たのはシーフ職のマルセリカだ。
マルセリカは手にした盗賊の七つ道具でいとも容易く入口の扉の鍵を開け、玄関を通り内部に侵入する。
ハンターのロンティアと戦士ケルピムがその後に続く。
屋敷の廊下には幾重に渡って机やタンスなどでバリケードが作られていた。
千徳村長が狂気に駆られた村人たちを内部に入れまいとして築いたものだ。
「この先には余程人に盗られたくない何かが隠れているのね」
そんな千徳村長の事情など知らないマルセリカはこの先にお宝が隠されていると思い込んでいる。
「力仕事なら俺に任せろ」
戦士ケルピムはその剛力でバリケードを破壊しながら更に奥へと進んでいく。
やがで広い客間に到着した。
そこには椅子に座りながら亡くなっているひとつの白骨死体があった。
「この屍がこの屋敷の主かしら? さて、お宝はどこかな?」
マルセリカは舌なめずりをしながら部屋の中を見回す。
千徳村長には狩猟の趣味があった。
壁には弓矢や猟銃が立てかけられ、鹿や狼の剥製が並べられている。
「へえ、この人もハンターだったんだ。……この変わった棒切れは武器かな?」
ハンター職のロンティアは興味津々で猟銃を手にする。
「どうやって使う物なんだろう? よし、持ち帰って分解してみよう」
そして部屋の隅には頑丈に作られた金庫があった。
「おっ、宝箱発見! ……うーん、これを開けるのはちょっと時間が掛かりそうだね」
マルセリカは一旦金庫ごと持ち帰ろうとするが、重くて持ち上がらない。
「まったくお前はしょうがないな……俺が持っていってやるよ」
「いつも悪いねケルピム」
マルセリカたちは戦利品を手に、意気揚々と屋敷の外で待つシトリーネたちの下に帰っていった。




