第30話 奈落の底
ダンジョンの中はアルテマ達の想像を遥かに超えて入り組んでいた。
アルテマ達は分かれ道を進んでは行き止まりを戻る事を何度も繰り返す。
ナビゲート役のイリーナが離脱した事でアルテマ達の進む速度は格段に落ちていた。
ダンジョンの行き止まりには大抵宝箱があるものだが、このダンジョンには宝箱の類は全く無い。
金山と聞いていた割には金など全く見当たらず、完全に時間のロス以外での何物でもない。
通常のダンジョンとは異なり魔物が出現したり罠が仕掛けられていないのが不幸中の幸いか。
しかしどれだけ進んでも先に進んだはずのハムール達の姿は全く見えなかった。
「妙だな……」
最初に違和感に気付いたのはハンター職のトライドスだ。
「トライドス、何がだ」
「このダンジョン静かすぎる」
「魔物がいないダンジョンならこんなものだろ」
「いや、魔物がいなくても洞窟には何らかの動物が生息しているものだ。蝙蝠やイモリは勿論、昆虫やクモ、ムカデ……今まで一匹でも動く物を見かけたか?」
「そういえば……確かにおかしいな」
「生き物がいないのには理由がある。嫌な予感がする。周囲の警戒は怠らないようにしよう」
「ああ、分かった」
アルテマ達は気を引き締めてダンジョンの捜索を続ける。
しかし緊張を続ければそれだけ精神が擦り切れていく。
やがて仲間達には疲れが見え始めてきた。
「お、おい……あそこに何かいるぞ!」
「落ち着けシルヴァン。あれは俺達の影だ」
「うわあっ、地面から人間の手が生えて手招きしてる!」
「目の錯覚だガルシア。何もないぞ」
「きゃあ、あそこに人間の頭蓋骨が……」
「馬鹿、あれはただの石だぞレイナ。シスターのお前がそんな事でどうする」
下層へ潜るにつれて冒険者達が少しずつおかしくなってきた。
「トライドス、皆は一体どうしてしまったんだ? まさかいつの間にか例の悪魔に幻覚魔法をかけられて……」
「いや、そんな形跡は一切なかったぞ」
「はぁ、はぁ……それにしても段々と息苦しくなってきたな」
「相当深くまで潜ったからな。酸素も薄くなっているんだろう……ああ、そういう事か」
「何か分かったのかトライドス?」
「この中は酸素が少ないんだ。皆酸素欠乏症で幻覚を見ていたんだろう。このダンジョンの中に生き物が全然いなかったのもこれで説明がつく」
「なるほど、一理あるな。おい、ドーガ」
「あいよ、アルテマさん。俺に任せて下さい。……オウツースパウト!」
風魔法使いのドーガが呪文を詠唱するとその杖の先から高濃度の酸素が噴出する。
通常空気中の酸素の濃度が濃くなりすぎると人体にとっては毒となるが、そこはベテランの魔法使いだ。
感覚だけで1パーセントの狂いもなく地上と同じ酸素濃度に調整してみせる。
「これで全員正気に戻……」
ドオオォォォーーーン!
アルテマが言い切る前に彼らの肉体はこの世界から消滅した。
◇◇◇◇
洞窟内で発生した大爆発の音は地上でもはっきりと聞こえた。
鈍異村の東にある坑道はかつて多くの金を産出したが、ある時を境に人が立ち寄らなくなった。
高圧ガスの噴出により多くの犠牲者を出した痛ましい事件があったからだ。
その後もガスの噴出は続き、坑道の奥深くには今でもガスが充満していた。
ガスは無味無臭だ。
冒険者達はそこにガスが充満しているとは思いも寄らずに酸素を補充してしまった。
そこに松明の火が加わればどうなるのかは文字通り火を見るよりも明らかだ。
大爆発を起こし、彼らの身体を肉片も残らない程粉々に吹き飛ばした。
「イリーナ、よくやったぞ。お手柄だ」
「えへん!」
うまく冒険者達を騙くらかしてあの場所に誘導してみせたイリーナは胸を張って得意満面の笑顔を見せる。
特に今回始末したハンター職のトライドスはイリーナにとっては両親の仇の一人でもある。
俺達は自宅へ戻り、持ち合わせの食材で簡単な祝勝会を開いた。




