第3話 異世界転?
俺達は直ぐにここが黄泉の国という事を理解した。
俺達の目の前には以前日本神話の本で見たような神々しい姿の女性が立っている。
「小山内詩郎、北野愛、櫛引由美子、あなた達が来るのをずっと待っていましたよ。私は黄泉の国を統べる神です。死後七十五年間も現世を彷徨い続けるなんて、余程未練があったんですね」
「そりゃ未練だらけだよ。神様なら分かるでしょう」
死後黄泉の国にやってきた者を最初に出迎えてくれるのは女神様だという事は知識として知っていたので俺はこの状況をすんなりと受け入れられた。
問題はこれからだ。
女神様は俺達に説明を続ける。
「正直でよろしい。あなた達の魂はこれから浄化されて次の命に生まれ変わる訳ですが……その様子だとまだその気はなさそうですね」
「はい、俺達は俺達の村が滅ぼされた本当の理由を知りたい。そしてその犯人に仕返しをしてやりたい。テレビの人は異世界人の仕業だって言ってるけど、女神様は何か知っていますか?」
女神様は右手を顎に触れ、少し考えた後に口を開いた。
「もちろん知っていますよ。確かに鈍異村が滅びたのは異界よりもたらされた呪いが原因ですが、復讐をするとなるとどうでしょう?」
「このまま泣き寝入りしたまま次の命に生まれ変わるなんて嫌です。女神様は俺達よりも異世界人の肩を持つんですか?」
俺は語尾を荒げて女神様に突っかかる。
女神様は困った表情をして言った。
「本来ならば神が他の神の縄張り──異世界──に干渉する事は禁止されているんですが、元々向こうの世界の者がもたらした災厄が原因ならば特例措置としましょう。ちょっと向こうの世界の神に話を付けてきます」
女神様は瞑想をするかの様に目を閉じてしばし押し黙る。
どうやらテレパシーで向こうの世界の神と会話をしているらしい。
再び目を開いたのは五分程経ってからだ。
女神様は俺達に憐憫の眼差しを向けながら言った。
「残念なお知らせです。あなたの村に呪いを送り込んだ張本人は既に亡くなっているそうです」
「え? そんな……」
俺はがっくりと肩を落とす。
しかし考えてみればあれから七十五年もの歳月が立っているんだ。
その世界の人間の寿命が俺達と同じならばとっくに老衰で亡くなっていても不思議ではない。
死んだ人に復讐なんてできるはずもない。
もしその人物の墓を暴いて屍に鞭を打ったところで本人には何のダメージもない事は幽霊である俺達が一番よく知っている。
俺達のこの七十五年間は一体何だったのか。
目に見えて落胆している俺を励ますように女神様が話を続ける。
「……でもその人物の息がかかった者や、子孫がいるそうです。どうするかは直接その者達と話し合って決めるようにとの事です。私の力であなた達を今の記憶を残したままその世界に転生させる事ができますがどうします? もちろん向こうの世界の言葉も話せるようにサービスしておきますよ」
「子孫ねえ……」
いくら血が繋がっているとはいえ、本人でないのなら復讐するのは筋違いだ。
でもまあこんなモヤモヤした気持ちのままで成仏なんてできない。
気持ちに決着をつける為に、その人達の話を聞いてみるのも悪くないかな。
俺は隣の愛と由美子ちゃんにも意志を確認する。
「愛、由美子ちゃん、それでいい?」
「うん、詩郎君がそれでいいのなら」
「異世界ってどんなところかなあ。行ってみたいかも」
「よし、決まりだ。でも女神様、転生はちょっと待って下さい。俺達はその世界に生まれ変わりたい訳ではないので、今まで通り魂だけ送ってもらえますか? 決着がついたらまたこの世界に戻ってきて、この世界で次の命に生まれ変わりたいと思います」
「それは構いませんよ。それではその子孫達についてお話しましょう」
女神様の話では、その世界は冒険者や魔物が登場するゲームやラノベでお馴染みの剣と魔法のファンタジー風の世界だそうだ。
日本には俺達の姿を見る事ができる人間は少なかったけど、その世界では魔力によって大抵の人間は大なり小なりとはいえ俺達を感知できるらしい。
そして元凶であるエンフラーグという魔法使いの子孫は現在冒険者ギルドのマスターとして君臨しているそうだ。
エンフラーグが俺達の村に呪いを放った理由についてはそいつらに直接聞けという。
必要な情報を頭に詰め込み終わると、俺達は女神様に言われるまま横一列に並ぶ。
「それではあなた達を転移します。準備はいいですか?」
「はい、宜しくお願いします」
「分かりました。それでは……」
女神様が俺達に向けて手を翳し、「ていっ」と掛け声を上げると、一瞬にして俺達の目の前の景色が変わった。
転移完了だ。
「うわあ、すごいね」
初めて見る異世界の景色に由美子ちゃんは興奮収まらない様子で無邪気にはしゃいでいる。
幽霊である俺も生前と同様に胸が高鳴っているのを感じるけど、別に俺達は異世界まで遊びに来た訳じゃない。
直ぐに気持ちを切り替えて目の前に見えるまるで西洋のお城のような立派な建物に注目する。
俺達の村が滅びる元凶になった人物の子孫がこの中にいる。
今から彼らに会って話を聞かなくてはいけない。
「ちょっと待って、私が行く。詩郎君と愛ちゃんのその見た目ではみんなが驚いちゃう」
由美子ちゃんのその言葉に俺と愛はハッとして足を止めた。
確かに由美子ちゃんの言うとおりだ。
こんなホラー映画に出てきそうなビジュアルの幽霊が突然目の前に現れたら、魔物の襲撃と勘違いされて何をされるか分からない。
半透明な由美子ちゃんも明らかに生きた人間ではないとバレてしまうだろうが、彼女の可愛らしい見た目なら驚かれる事はあったとしてもいきなり攻撃されたりはしないだろう。
「じゃあ行ってくる」
由美子ちゃんは笑顔で俺達に手を振りながら建物の中に入っていった。