第28話 離反
「さて、お前達にはこれからしっかりと働いてもらうぞ」
「あ……う……」
「ようしいい子だ。行け!」
クロードはゾンビとなった冒険者の内、アビゲルとディアネイラを除いた十八人に斥候として鈍異病院の周囲を探るよう命じた。
ゾンビ達はぐちょぐちょと嫌な音を鳴らしながら病院の外に出て四方に向かって散っていった。
「あいつらは骸骨と違って腐乱臭を漂わせているからな。この近くに他の冒険者がいれば臭いで気付いてくれるだろう」
「は、はあ……他の冒険者があいつらを見て逃げ出さなければいいですけど」
「あ? ゾンビとはいえ全員顔見知りだぞ。どうして逃げる必要がある?」
クロードは本当に分からないといった風に首を傾げながら言った。
「あ、いや……そうですね……他の冒険者が彼らを見たらきっとクロードさんがやっている事だとすぐに気づいてくれそうですね」
「そうだろう、そうだろう。お前達は大船に乗ったつもりでいればいい。俺は少し魔力を使い過ぎたから休ませてもらうぜ。お前達も今の内にしっかり休息をとっておけよ」
クロードは両手を上げて「んーん」と大きく伸びをしながら隣の部屋へ移動する。
その部屋は入院室であり、入院患者用のベッドが並んでいた。
経年劣化でシートには穴が開き足にもガタがきているが、横になって休むにはまだ十分に機能している。
すぐにクロードの寝息が聞こえてきた。
しかし他の冒険者達は仲間達が大量殺戮された現場のすぐ隣の部屋で眠れる程神経が図太くない。
全員アビゲルとディアネイラの二体のゾンビを部屋に残して廊下に移動する。
アルテマはため息をつきながらトライドスにぼやいた。
「クロードさんはこんな状況でよく眠れるな」
「あの人は俺達とは精神構造が根本的に違うんだよ。きっと俺達も死んだらゾンビにされてしまうんだろうな」
「そんなのは絶対に嫌だ。……なあ、正直俺はもうクロードさんにはついていけない。今の内にここからこっそり出ていかないか」
「しかしここから出ていってどうするんだ?」
「俺達で他の仲間を探すんだよ。シトリーネさんの前ならクロードさんも好き勝手はできないだろう」
「そうだな……。分かった、そうしよう。おい、お前達はどうする?」
トライドスが他の仲間達にもクロードのグループからの離脱を誘うと、皆考える事は同じだったようで我先にと賛同する。
「決まりだ。こんな所さっさと出ようぜ。……とは言ったものの、当てもなく彷徨う訳にもいかないな。どっちの方角へ向かおうか」
「それなら俺に考えがあるぞアルテマ。この医療施設の入り口に人の足跡がいくつかあっただろ。その足跡の内の一つが北へ続いている」
「ほう、さすがベテランのハンターは観察眼があるなトライドス。つまりその先に生きている人間がいるって事か」
「ああ。それが敵か味方かは分からないが、足がある以上少なくともゴーストではない」
「よし、決まりだ。お前達出発するぞ!」
「おう!」
アルテマとトライドスは冒険者達を引き連れて鈍異病院を離れ北へと足を進めた。
◇◇◇◇
「待て、誰かいる」
三十分程進んだところでトライドスが何かの気配に気付き足を止めた。
「おい、そこの茂みに隠れている奴、何者だ? 出てこい」
トライドスが茂みに向かって弓を構えると、他の冒険者達もそれに倣って一斉に武器を構える。
「止めて下さい、殺さないで!」
溜まらず茂みからひとりの獣人少女が飛び出してきた。
それは彼らもよく知っている顔だ。
「あ? イリーナじゃないか。こんな所で何やってるんだお前」
「トライドスさん、助けて下さい! ハムールさん達が化け物に襲われて……離れ離れになってしまいました」
「何? まさかハムールさんが殺されたんじゃないだろうな」
「分かりません、私も必死で逃げてきたので……」
「くそっ、召喚魔法が使えるのはあの人しかいない。助けに行かないと……」
「イリーナ、その化け物ってのはどんな奴だ? どこで襲われた?」
イリーナは小刻みに震えながら恐怖にひきつった表情で答えた。
「はい、この先にあるダンジョンを調べていたら突然人型の魔物が襲ってきたんです。まるで神話に出てくる悪魔のような醜悪の姿の……」
「悪魔だと? まさかあの医療施設から続いていた足跡の正体はそいつか」
「トライドス、アビゲルやディアネイラをやったのはそいつじゃないのか?」
「そうかもしれんな……」
「とにかく恐ろしい力を持った化け物です。早く皆さんを助けに行って下さい」
「言われるまでもない。さっさと案内しろイリーナ」
「はい、トライドスさん。こちらです!」
トライドス達はイリーナにつれられて山肌にぽっかりと口を開けたダンジョンの入り口までやってきた。




