第25話 招かれざる客
「皆さんお帰りなさい。首尾はどうでした?」
鈍異病院の冒険者達を一網打尽にして戻ってきた俺達をイリーナが笑顔で出迎える。
「あら? イリーナちゃんじゃない。あなたゴースト側についてたの? でもまあ無理もないわ、ハムールさんちょっとパワハラが酷かったからねえ」
当然だがディアネイラもイリーナの事は知っている。
イリーナは事ある毎にハムールに召喚されてこき使われていたからだ。
しかしイリーナ達召喚獣に辛く当たっていたのはハムールだけではない。
俺が見た限りでは全ての冒険者が召喚獣の事をまるで道具のように扱っていた。
自分達の事を棚に上げてハムール一人が悪いような言い草にカチンときた。
「いや、お前達全員似たようなものだろ。イリーナがお前達からどんな扱いを受けているのかずっと見てたぞ」
「失礼ね。私はイリーナちゃんを虐めた事なんてないわよ」
「信じられるものか。お前達が異世界の住人の事を歯牙にもかけていない事は今まで散々見てきたから知っているぞ」
「私達が異世界人の事情なんて何とも思っていない事は否定はしないわ。それでも少なくとも私はイリーナちゃんやハムールの召喚獣に何かした事は一度もありません」
「まだいうのか!」
俺とディアネイラは玄関でいがみ合う。
お互い霊体同士で攻撃手段がないのでこうやって口論するしかない。
我ながら情けない光景だと思う。
ふとイリーナの方を見ると、俺とディアネイラのやり取りを不思議そうに眺めていた。
正確にはイリーナにもディアネイラの姿は見えていないし声も聞こえていないので、俺が見えない何かと言い争いをしている事ぐらいしか理解していない。
「誌郎さん、そこにゴーストでもいるんですか?」
小首を傾げて質問するイリーナを見て、ディアネイラは手をポンと叩いて言った。
「そうだ、じゃあイリーナちゃんに私が潔白だと証明してもらいましょう」
「そうだな。それではっきりする。イリーナ、今ここにディアネイラのゴーストがいるんだ」
「え? はい。ディアネイラさんがいるんですね。私には全く見えませんけど」
イリーナは表情一つ変えずに落ち着いている。
「イリーナはディアネイラから何か酷い事はされなかったか?」
「ディアネイラさんにですか? いえ、特に何もされた覚えはありません。そもそも顔は知っていますが特にお話をする事も無かったので」
「え? そうなの?」
ディアネイラはフフンと鼻を鳴らして勝ち誇った顔をする。
ただ単にイリーナとディアネイラは接点がなかっただけだが、確かにイリーナが彼女に虐められていたという事実はないようだ。
「くっ……分かった。イリーナがそういうならそうなんだろう。しかしあんたは俺達の敵という事に変わりはないからな!」
「はいはい。それよりここがあなた達の住居なのね。ちょっと見学させてもらうわ」
「おいこら勝手に入るな……」
「へえ、変わった物が沢山あるわ。ねえ、これは何かしら?」
ディアネイラは俺の返事を待つまでもなく奥へと進み、目を輝かせながら内部を物色する。
生憎俺達には霊体である彼女を止める力はない。
怨霊の力もラミィの聖なる力も効かない彼女はまさしく【無敵の人】だ。
幸いディアネイラの行動は異世界の文化に対する好奇心以外の何物でもなく、俺達に害をなす意志はなさそうだ。
実害はないので彼女が飽きるまで放置するしかなさそうだな。
俺達は自室に戻って次の作戦会議を始める。
さすがにその内容をディアネイラに聞かれるのはリスクが大きいので、作戦会議は日本語で行う事にした。
会議中にイリーナが時々眉をしかめているのに気付いた。
イリーナの日本語習得レベルはまだ初等部二年生程度だ。
ところどころ分からない言葉もあるんだろう。
こればかりは仕方がない。
「イリーナ、俺達の話の中で理解できない部分があったら質問してくれ」
しかしイリーナが眉をしかめている理由は俺の想像と違っていた。
「いえ、そうではなくて外から嫌な臭いが漂ってくるんです」
イリーナは手で鼻を覆いながら言った。




