第24話 神の身許へ逝く前に
「ふーん、あれが噂のゴーストなのね」
俺達の手でアビゲルが少しずつコンパクトになっていく様子を少し離れたところから眺めていた人影があった。
先に死亡したディアネイラの霊魂である。
ゴーストを浄化できる力を持っているという事は、その逆の力──霊魂を現世に留める力──も持っているという事である。
ディアネイラは死の直前にその力を使い幽霊としてこの世界に留まっていた。
先に死んだ仲間の冒険者達の魂は既に昇天しているので彼らを救う事はできないが、せめて自分達を殺したのが何者なのかを確認し、冥土の土産として持ち帰ろうと思っての行動だ。
「このゴースト達随分と酷い事をするわ。余程アビゲルに怨みがあるのね」
今の彼女にはアビゲルが死にゆく様をただ眺めている事しかできなかった。
一時間程してついにアビゲルが事切れた。
その魂は肉体を離れ、天に昇──らない。
アビゲルの魂は天に昇らず、溶ける様に消滅した。
怨霊に殺された者の魂が到達するのは天国ではなく無である。
霊魂となったディアネイラは即座にそれを理解した。
アビゲルの死を確認した俺達はもうこの場所には用が無いと帰り支度をする。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
「だ、誰だ!?」
俺達以外には誰もいないはずの部屋に響いた声に、幽霊である俺も驚きを隠せずに声が上擦る。
「私よ、私」
「え? あんたは……」
それはつい先程俺が殺した僧侶ディアネイラの霊体だった。
俺と愛と由美子ちゃんは一瞬の間をおいて臨戦態勢を取る。
自殺同然に毒を飲んで死んだ冒険者達はともかく、俺がこの手で殺したはずのディアネイラの魂が消滅せずにこの世に留まっているのは完全に想定外の事態だ。
この異世界のゴーストは大した力を持つ事はないと聞いているが、怨霊である俺達にも既に死んだ者の魂をどうこうする力はない。
幽霊同士ではお互い決定打が無い状態だが今の俺達には強力な味方がいる。
「ラミィ! こいつに聖なる光を食らわせてやれ!」
全身が聖なる属性でできているラミィならばゴーストをかき消せるはずだ。
「え? 誰かいるんですか?」
しかし俺の指示を聞いたラミィはきょろきょろと周囲を見回す。
「ラミィ、まさか……この女が見えないのか?」
ラミィは首を傾げている。
このゴーストは霊力が微量すぎて幽霊である俺達以外には存在を感知できないようだ。
「へえ、ホーリーエンジェルって言葉を話せたんだ。これは新発見ね。私の声は聞こえていないみたいですけど」
「ラミィ、お前には見えなくてもあそこにさっき殺した奴の幽霊がいる。あそこに向けてなる光を放て!」
「分かりました」
ラミィは胸の前で聖なる印を結び、俺の指差す先に向けて閃光を放つ。
光は一瞬でディアネイラの幽霊を包み込んだ。
「やったか!?」
「誌郎君それフラグ」
愛の懸念通り、光が収まった後もディアネイラの幽霊は健在だった。
神に仕える者であったディアネイラもまた俺達と同様に聖なる属性の攻撃は無効であった。
もう打つ手なしだ。
どうやって倒せばいいんだよこの化け物。
いや、ここで怯んだら駄目だ。
弱みを見せれば付け込まれる。
俺は無理やり冷静を装う。
「あんたに聖なる光が通用しないのは分かったが、それでどうするつもりだ。霊体のまま他の仲間の所へ行って、俺達の秘密を知らせるのか?」
「え? そんな事しないわ。っていうかできないし」
「は?」
「だって私もう生者に干渉するだけの力なんて残ってないもの。そこのホーリーエンジェルですら私を感知できなかったでしょ? 今の私にはそれだけ霊力がないってことよ」
「……じゃああんたは何が目的でゴーストになったんだ?」
「目的? ただの好奇心よ。あなた達の事にも興味あるししばらくあなた達が何をするのか見物させてもらうわ」
「俺はお前を殺したんだぞ?」
「知ってる」
「俺達はこれからもあんたの仲間を殺し続けるぞ?」
「ん-、殺されるかどうかはあの人達次第ね。冒険者である以上生きるか死ぬかは自己責任だからね」
「変わった奴だな。好きにしろ」
愛が俺の耳元で囁く。
「ねえ、本当にいいの?」
「といっても俺達にもどうにもできないし……何か変な事を企まないように近くでに置いて監視した方がいいかなって」




