第23話 鈍異病院の攻防の裏側
怨霊である俺達にとって、聖女フィロリーナ以上に厄介なのは僧侶ディアネイラだ。
俺達が日本で浮遊霊をしていた頃、偶々お寺で葬儀をしている場面に遭遇した事があった。
お坊さんのお経が耳に入ってくる。
するとどうだろう。
俺達は心地よい光に包まれ、徐々に意識が遠くなっていく。
俺は危険を感じてすぐさまその場を離れた。
しかし、その時幽霊として俺と一緒に行動をしていた親友の赤沼 三彦君が逃げ遅れ、そのまま成仏してしまった。
高位の僧侶には死者の魂を強制的に成仏させる力がある。
奴らに狙われたら俺達幽霊には抗う術はない。
という訳で、俺達の次のターゲットはSランクの僧侶であるディアネイラに決まった。
ディアネイラは村の南東にある鈍異病院を拠点としている。
同じくSランクの魔法使いであるアビゲルを含め、総勢二十名の冒険者が一箇所に集まっている。
しかし大半はBランクやCランクの駆け出しの冒険者ばかりで戦力としてはイマイチの様子だ。
医学の心得があるディアネイラはその好奇心から病院に残された日本の医学の知識を吸収する事に没頭しているので、実質このグループを率いているのはアビゲルだ。
まずは俺の自宅で作戦会議を行う。
ディアネイラ相手に俺達三人の怨霊だけで挑むのは無謀なのは言うまでもない。
必然的に生者であるイリーナとラミィの力を借りる事になる。
打倒ディアネイラの作戦がまとまると俺と愛と由美子ちゃんはラミィを連れて鈍異病院へ出発した。
またも留守番をする事になったイリーナは不満そうに頬を膨らませていたが、今回の作戦は何と言っても臭い。
嗅覚が鋭いイリーナでは耐えられないと思われるので連れていくわけにはいかない。
「イリーナさん、直ぐに戻ってくるので待っていて下さいね」
ラミィは美しい声で流暢に言葉を話す。
俺達が鈍異学園でセイガル達四人の冒険者を始末している間、ラミィは異世界の言葉は勿論、日本語も中等部レベルまでなら完璧にマスターしていた。
既に俺の部屋の本棚にある漫画も読めるようになっており、俺の愛読書である漫画【のら猫クロ】や【ロボットライアン二等兵】等は全巻読破して感想まで話す程だ。
「むー。皆さんが戻ってくるまでもっと日本語の勉強をしています」
ラミィに対抗意識を持っているイリーナは初等部二年生の国語の教科書を手にしながら俺達を見送った。
◇◇◇◇
鈍異病院の地下には手術室と霊安室がある。
病院関係者以外が勝手に侵入しないように地下への入り口は分かりにくくなっている。
どうやらディアネイラ達はまだそれを見つけていないようだ。
俺はディアネイラ達の目を盗んでこっそり地下へ侵入すると、まずは手術室の手術台の上に鈍異学園で殺したベルスの死体を乗せる。
全身がズタボロのこの死体は見た目のインパクトもあり、こうして手術台の上で拘束された状態にしておけば見た者は拷問の跡と勘違いして恐怖に駆られてくれるだろう。
そしてこの強烈な死臭だ。
ディアネイラ達はこの臭いの正体を確認する為に必ずここまでやって来るだろう。
俺はベルスの死体を設置した後に手術室の扉を閉め、鍵を掛ける。
手術室の扉が開けっぱなしならば冒険者達は罠を疑うだろうが、厳重に施錠してあれば何か重要なものが隠されているんじゃないかと疑い、内部に侵入してくるはずだ。
そしてその先にある霊安室の棺の中に彼らは黒死病で死んだと書いてその上にセイガル達四人の死体を放り込む。
これで黒死病の感染を恐れた冒険者達は黒死病のワクチンを投与しようとするはずだ。
薬瓶の中身がトリカブトの毒と入れ替わってるとも知らずに。
ディアネイラ達は俺の思惑通りに動き、アビゲルとディアネイラ以外の冒険者は全員自殺に等しい最期を遂げた。
薬瓶の中身を入れ替えたのはラミィだ。
怨霊は誰かを殺す時に膨大な霊力を消費するが、今回のように生者の力を借りて殺害するように仕向けるのならば霊力は消費されない。
ディアネイラも一緒に毒殺できればいう事はなかったのだが、さすがにそこまで上手くはいかなかった。
ディアネイラを討ち漏らした時の為に考えていた作戦Bに移行する。
ボロボロの服を着せ、まるで幽霊のような見た目になったラミィをディアネイラの前に立たせると、ラミィをゴーストと勘違いしたディアネイラは浄化の力を放出した。
しかしラミィは全身が聖なる力で覆われた天使のような種族だ。
浄化の力が通用するはずもない。
ゴーストを始末したと勘違いをして油断をしたディアネイラを背後から殺害するのは赤子の手を捻るよりも簡単な事だった。
「ディアネイラ……嘘だろ……」
地面に転がったディアネイラの首を見て、ただ一人生き残ったアビゲルは魂が抜けた様に茫然としている。
アビゲルはギルド設立七十周年記念パーティ会場で散々俺達の村の住人の事を見下し、嘲笑った男だ。
普段は温厚な由美子ちゃんもホラー映画に出てくる怨霊役も裸足で逃げ出しそうな恐ろしい形相でアビゲルへの怒りを露わにする。
「ひっ……止めてくれ……俺達が何をしたっていうんだよ……」
「うるさい」
由美子ちゃんがアビゲルの右腕を指差して霊力を放出すると、次の瞬間アビゲルの右腕は千切れ飛んだ。
「ぎゃあああああああああああ! 痛い、痛い!!!」
アビゲルの悲鳴が病院内に響き渡った。
ここは病院だけど残念ながら俺達は医者じゃない。
お前を治療してやることはできないな。
アビゲルは息も絶え絶えに懇願する。
「はぁ、はぁ……もう許してくれよ……まだ死にたくない……」
あまりにも見苦しいアビゲルの姿に、俺と愛は霊力を消費して元々の姿に変身する。
避けた腹部から臓物を垂らす俺と、顔の右半分がない愛の姿に、アビゲルは衝撃のあまり心臓が止まりかかった。
「ひいぃっ……!? なんだその姿は!?」
「お前もこんな姿になるんだよ」
「大丈夫、直ぐに痛みなんて感じなくなるから……」
「い、嫌だ……俺が悪かった、助けてくれよおおおおお!」
バシュッ。
続けてアビゲルの左腕が千切れ飛んだ。
「うぎゃあああああ!!」
「由美子ちゃん、身体を削るペースが早すぎるよ」
「もっとじっくりと時間を掛けないと直ぐに終わっちゃうわ」
「分かった。じゃあ次は足の親指から順番に……」
ブチン。
「うぎゃああああああああ!!!」
その後も俺達は少しずつアビゲルの身体を削り取っていき、彼が事切れたのは一時間程後の事だった。




