第18話 地獄の業火
草木も眠る丑三つ時。
今はまさしく俺達怨霊の為にある時間だ。
霊力が充分に回復した俺と愛と由美子ちゃんの三人は冒険者を何人か始末する為に鈍異学園へやってきた。
校庭の中央では冒険者が昨日一日かけて築いた砦が光り輝くドーム状の結界に包まれているのが見えた。
由美子ちゃんから聞いた話の通りだ。
まずはあの結界がどの程度の物なのかを確認する必要がある。
俺はドングリを拾い、少し離れたところから結界に向けて思いっきり投げつける。
ドングリが光のドームに触れた瞬間、バシッという音を立てて粉々に砕け散った。
どうやらその防御力はかなりの物のようだ。
うかつに触れれば霊体の俺達でもダメージを受けそうだ。
「敵襲か!?」
見張り役である青年射手アーサーの叫び声で、砦の中から冒険者達がぞろぞろと出てきた。
武骨な大剣を背負った隻眼の老剣士セイガルが結界の付近に散らばっているドングリの破片を拾い上げて言った。
「これじゃないのか。木の実のようだが」
「鳥が落とした木の実が結界に触れたのか。紛らわしいな」
「いや、用心に越した事はない。俺も周囲を見張ろう」
セイガルの一声で、この後アーサーに加えて剣士セイガル、魔法使いリリアン、女神官ファーランの四人の冒険者が配置につき砦の周囲を見張る事になった。
いずれも多くの修羅場を潜りぬけてきたAランクの冒険者だ。
彼らが見張りをしている以上、砦に近付こうものなら即座に感知されてしまうだろう。
どの道俺達は無策であの結界に近付く程馬鹿ではないので、怨霊らしく搦め手で挑む事にした。
まずは暗闇に包まれた鈍異学園の校舎の中に微かな光を灯す。
「うん? 何の光だ?」
「あのダンジョンの中に誰かいるのか?」
光に気付いた見張り達は訝しげに窓から校舎の中を注視する。
ここからはホラーショーの始まりだ。
まずは和風ホラーでお約束の人魂を校舎内の窓越しに見える位置に浮かべる。
「おい、あれは何だ!?」
「ゴーストじゃないのか!?」
見張り達の視線がその一点に集まる。
しかしその人魂はただ校舎の中で浮かんでいるだけ。
冒険者達には何の危害も加える事はない。
「は、はは……火の玉が浮かんでいるだけじゃないか」
「精霊の悪戯じゃないのか?」
「とりあえず危険はなさそうだな。お前達、持ち場に戻れ」
獲物を安心させておいてからワンテンポ遅れて驚かせるのはホラー演出の基本だ。
俺はタイミングを見計らってまだ割れていない窓という窓に真っ赤な手形をびっしりと浮かび上がらせる。
「……うわっ、何だこれ!?」
「人の手形? これは人間の血じゃないのか!?」
俺は浮幽霊だった頃よく映画館に侵入してただでホラー映画を鑑賞したものだが、そこで覚えた恐怖を演出する手法は本当に役に立ってくれる。
ホラー映画など観た事が無い異世界の冒険者にとってはこれだけでも恐怖に陥れるのには十分だった。
続けて窓に校舎内で殺されたコルテッサ達の顔を浮かび上がらせる。
なるべく苦痛に歪んだような表情をさせるのが見た者の恐怖心を煽るコツだ。
獲物の恐怖心は怨霊にとって糧となる。
どれだけ怖がらせてもやり過ぎるという事はない。
しかしその時、セイガル達は俺達の予想外の反応を示した。
「コルテッサ、ゲリング、ベルス、ゴーストに殺されたと聞いていたが無事だったのか!?」
コルテッサ達が俺達に殺された時、セイガル達はフィロリーナと行動を共にしていた。
彼らの死についてはプレイズから聞いてはいたが、実際に死体を見ていないので僅かながらまだ生きている可能性を信じていた。
「あいつらが殺されたってのはトリスの見間違いだったんじゃないのか?」
「見ろ、あの苦しそうな顔を! 早く助け出さないと!」
セイガル達まだコルテッサ達が生きていると思い込み、彼らを救い出そうと結界から出て校舎へ向かう。
「待てお前達、あれは罠だ!」
外の異変に気付いて砦から出てきたプライズは四人を必死に止めるが、仲間意識が強いセイガル達にはその言葉は届かない。
四人は窓を叩き割り、校舎に侵入する。
「うっ……うぎゃあああああぁぁぁぁぁ……」
「誰か、助けてえええぇぇぇ……」
校舎の中から四人の悲鳴が響き渡った。
その声はどんどん遠くなっていく。
「だから止めたのに……くそっ、あいつらを見捨ててはおけん。俺達もあの中へ行くぞ!」
「行ってはいけません。プライズさん!」
「フィロリーナ、なぜ止める!?」
「もう、手遅れです。今、彼らの命の灯が消えるのを感じました」
「なんだと……くそっ、またしても大切な仲間をみすみす失う事になるとは!」
事実、その時四人の冒険者は俺達の霊力によって廊下に作り出された奈落へ繋がる穴に真っ逆さまに落ちていくところだった。
地の底へ近付くにつれ彼らの周りの気温は上がり続け、やがて四人の身体は地獄の業火に焼かれその魂ごと灰となって消滅した。




