第15話 聖なる属性付与
鈍異学園の校庭に設置されたテントを拠点として、プライズ氏を中心に冒険者達がせわしなく働いていた。
数を数えたところ、現在校庭には合計で十七人の冒険者がいるのが確認できた。
俺達の襲撃を警戒しての事だろうが、彼らは今簡易的な砦の建設を行っている。
深い山と森に囲まれた鈍異村では簡単に木材が手に入る。
それに優れた建築スキルを要する冒険者リーウンの指揮が加わると見る見るうちに砦が出来上がっていく。
それは墨俣一夜城の再現映像でも見ているかのだった。
しかしどれだけ頑強な砦を作ろうと霊体である俺達は物体をすり抜けて移動する事ができるので何の障害にもならない。
それに木造建ての砦だ。
奴らが砦の中で眠っている深夜に火でも放ってやろうかとも考えたが、さすがにそこは多くの経験を積んだ冒険者達だった。
魔法使い達が抜かりなく木材に炎耐性の属性付与魔法をかけているのが目に入った。
これではあいつらを焼き殺すのは無理そうだな。
怨霊は人を殺すという行為に対して夥しい量の霊力を消費する。
現時点でそれだけの霊力が残っているのは由美子ちゃんだけだ。
他の冒険者に邪魔をされてハムールの代わりにそいつを死なせてしまえば霊力が回復するまでの半日程の間俺達は何もできなくなる。
その間に冒険者達は聖女フィロリーナと合流してしまうだろう。
ゴーストの天敵であるフィロリーナが鈍異学園にやってくるとハムールを始末するのが難しくなるだろう。
ここは速攻を仕掛けるべきと判断した俺達は、事前に計画したいくつかの作戦の中で多少リスクは伴うが成功率が一番高い物を選び実行に移す事にした。
ターゲットであるハムールは砦の建築を眺めながらプライズと何やら打ち合わせをしている。
俺達三人の霊力が溜まっている状態なら二人まとめて始末するところだけど、今霊力を使えるのは由美子ちゃんただ一人だ。
討ち漏らして警戒されると面倒な事になるので、ハムールから冒険者達を引き離させて孤立させるのが今回の作戦だ。
俺達三人はターゲットと一対一になれば怨霊の力で確実に仕留める事ができる自信がある。
まずは鈍異学園の少し西で待機していたイリーナがアルル達が俺達を感知できない距離まで遠ざかったのを確認して叫び声を上げる。
「きゃー! 誰か助けて!」
「うん? あの声はアルルか。ワルド達に何かあったのか?」
イリーナとアルルは姉妹であるだけあって声がそっくりだ。
俺の思惑通りアルルの悲鳴と勘違いをしてくれた。
「おい、誰か様子を見に行ってくれ」
「分かった俺が行こう。お前達もついてこい!」
「頼む、ライズボーン」
砦の建設に携わっていた冒険者達はその手を休め、その多数がハンターのライズボーンに続いて悲鳴がした方角へ向かう。
ブリリアン、ワルド、ヒルダの三名は歴戦の冒険者パーティだ。
それが何者かに襲われて壊滅寸前だと彼らは思い込んでいる。
必然的にそれ以上の戦力を救援に向かわせる必要がある。
結局今校庭にいる冒険者の約半数にあたる八名がこの場を離れる事になった。
これで校庭に残っている冒険者の数は九名だ。
その内の一人である戦士バジマーツは昨夜のライオネンの死によるショックから立ち直っておらず戦力外と考えられるので実質後八名だ。
イリーナは悲鳴を上げた後は冒険者達に見つからないように一転して声を殺してその場を離れる。
これでしばらくはブリリアン達の救援に向かった八名は戻って来ないだろう。
ここから先は俺達三人の怨霊の仕事だ。
校庭に残った冒険者達は一箇所に固まり、お互い背中を向け合って周囲を警戒している。
そこへまず俺が東の方角から姿を現してゆっくりと近付く。
「出ました、ゴーストです!」
突如として視線の先に現れたゴーストに対してトリスが声を上げて仲間達に知らせる。
今の俺には彼らを殺すだけの霊力はないが、残っている僅かな霊力で身体から暗黒の瘴気っぽいものを噴出させてみたり、火の玉を浮かべてみたり、ヒュードロドロドロといった感じの怪しげな音を流してみたりと思いつく限りのおどろおどろしい演出をする。
「うわあああああああ!」
「くそっ、やられる前にやってやる!」
いかにもなホラー演出に引っ掛かったトリス達四人の冒険者が捨て鉢になって俺に斬りかかってきたが、霊体である俺には物理攻撃は通らず、彼らの剣は俺の身体をすり抜けるばかりだ。
それは当然の結果だと思ったが、トリス達は目を見開いて驚いている。
「馬鹿な!? この剣には聖水による聖属性が付与されているのに!?」
どうやら彼らは彼らなりにゴースト対策を行っていたようだ。
しかし残念ながら俺達鈍異村の住人は皆隠れキリシタンの子孫だ。
この世界の聖水と同じかどうかは知らないけど、聖水による洗礼なんて何世代も前からとっくに受けている。
いうなれば遺伝子レベルで聖なる属性付与状態なのである。
例え死んで幽霊になろうと聖水が俺達の弱点になる事は決してない。
しかしここはあえて聖属性の攻撃によってダメージを受けた振りをする。
「ぐええぇぇぇおあぁぁぁぁああ!!」
俺は怨霊っぽく低く不気味な悲鳴を上げながら顔を押さえて後退する。
「いや、効いてるぞ! 効果ありだ!」
四人の冒険者は今が攻め時だと追撃し、ますますハムール達から離れていく。
計画通りだ。
そして彼らの距離が十分開いた頃に今度は反対方向から愛が姿を現して彼らに近付く。
「こっちからも現れたぞ!」
「ひっ、こっちのゴーストは顔が半分しかない!」
愛の見た目は俺以上にインパクト抜群だ。
冒険者達の中には腰を抜かして動けなくなっている者もいる。
「ええ、お前達は下がっていろ、俺がやる!」
そんな情けない冒険者を横目にしつつ、ついにハムールが前に出てきた。
「これ以上ゴースト風情にいいようにされちゃあ【英雄の血脈】の名折れなんでね。一気に片付けさせて貰うぜ。出でよ、ホーリーエンジェル!」
ハムールは残り少ない魔力を振り絞り、天使としか形容できない純白の翼を持った美しい女性を召喚した。
「冥土の土産に教えてやろう。こいつは桃源郷と呼ばれた異世界セラフィムスフィアの住人でな。文字通り聖なる力を具現化したような種族だ」
ハムールは息を切らせながら聞いてもいない蘊蓄を垂れる。
「さあホーリーエンジェルよ、ゴーストどもを薙ぎ払え! ……って、こいつは言葉が話せないんだったな」
ハムールはそう言いながらホーリーエンジェルの頭を小突いた。
それが合図だったかのようにホーリーエンジェルは胸の前で聖なる印を結ぶと、その両手から眩い閃光が愛目掛けて放たれる。
その光の眩しさに、校庭にいる全ての冒険者は目を閉じる。
そして再び彼らの視界が開けた時、その目に映ったのは──今まで温存していた由美子ちゃんの霊力によってバラバラに引き裂かれてそこら中に散らばっているハムールの肉片だった。




