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第13話 被害者の会結成


 プライズ達は魔法使いに周囲の警戒を続けさせながら食事を続けているが、どの道今の消耗した俺達では彼らをまとめて殺すだけの霊力が残っていないので襲うつもりはない。

 イリーナを殺したように見せかけて連れ攫うのが精いっぱいだった。


 ちなみに校庭に残っていた血だまりは先に殺したコルテッサ達のものだ。

 プライズ達はそれがイリーナの血であると誤認し、俺達に殺されたものだと勘違いしてくれた。


 俺達は気絶しているイリーナを連れて住宅地にある俺の自宅に移動する。


 幸い俺の家は頑丈に作られていたようで、この先数年は倒壊せずに今の姿を保てそうだ。


「ただいまー」


「久しぶり!」


「おじゃまします」


 俺達は特に意味もなくバラバラに帰宅や訪問の挨拶をした後、一番奥にある部屋に移動をする。


 経年劣化で壁や天井がボロボロになっている以外はあの時と全く変わっていない俺の部屋だ。

 床には出しっぱなしにしていた玩具や本が転がっている。

 こんな事になるのならあの日の朝ちゃんと部屋を片付けてから家を出れば良かった。


 愛は部屋の中をじろじろと見回しながら言った。


「詩郎君の部屋に上がったのも久しぶりだね。初等部以来かしら?」


「そうだな。中等部に上がってからは幼馴染とはいえ女子を部屋に入れようものなら翌日学校で冷やかされるのが目に見えていたからな……って何してる!?」


 愛は俺のベッドの下に手を入れてごそごそしている。


「男子ってよくベッドの下にエロ本とか隠してるんでしょ?」


「おいやめろ、由美子ちゃんだっているんだぞ!」


「あははは、その必死な顔ウケる」


「まったくもう……オカンかお前は」


 愛は楽しそうに俺の背中をバシバシ叩いている。

 由美子ちゃんはよく分かっていなさそうに首を傾げながらそんな俺達のやり取りを眺めていた。


 何はともあれ由美子ちゃんのお陰で俺のお宝の存在が愛にばれずに済んだ。


「ん……ここはどこ?」


 少ししてイリーナが目を覚ました。

 辺りをきょろきょろと見回し、その瞳に飛び込んできたのはボロボロの部屋と三人の幽霊だ。


「ひっ!?」


 半透明なだけの由美子ちゃんはともかく、お腹から臓物がこぼれている俺と顔の半分がない愛の見た目のインパクトはバツグンだ。


 イリーナは起きて早々気を失いそうになるが、ここで気絶をすれば殺されると思ったのだろう。

 丹田にぐっと力を入れて意識を保ち、俺達から逃れようと後ずさる。


 しかし部屋の出入り口は俺が押さえているのでイリーナの後方には壁しかない。


「あ……あ……誰か、助けて……死にたくない……うわああああああああああん!!」


 イリーナは自らが置かれている状況を把握すると、絶望のあまり大声で泣きじゃくる。


 まあ当然の反応だろう。


 しかし俺達はそもそもイリーナには何の怨みもない。

 例外はあるが、一般的な日本の怨霊は怨みを持つ者以外には驚かせる以上の被害を与えないのがマナーとされている。

 俺達がイリーナに手を掛ける理由はない。


「泣かなくてもいい。君に危害を加えるつもりはないからまずは落ちついてくれ」


「い、いやああああああああ!! 来ないで!」


 俺はイリーナに優しい言葉を投げて落ち着かせようとしたが、逆効果だったようで更に激しく泣きじゃくる。


 やはり俺達の見た目のせいだろう。


 幽霊は基本的に死んだ瞬間そのままの姿をしているが、ある程度見た目を変える事は出来る。

 それには霊力を消費するのであまり使いたくはなかったがこの際そんな事を言っていられないようだ。


 由美子ちゃんはそのままでいいので、俺と愛は残り少ない霊力を消費して裂かれた腹部と欠損した顔の半分を修復する。


 気を緩めるとすぐに元に戻ってしまうので大変だけどイリーナが落ち着くまでの辛抱だ。


「えぐ……えぐ……本当に私を殺すつもりはないんですか?」


 イリーナは少しずつ落ち着きを取り戻してきたが、まだ完全に警戒を解いてはいない。


 多分この中で一番警戒をされないのは由美子ちゃんだろう。

 俺と愛は一旦後ろに下がり、由美子ちゃんに説得を一任する事にした。

 由美子ちゃんはやっと出番が来たと言わんばかりに得意満面でイリーナの前に立つ。


「ええとイリーナさん、私達が何者か分かりますか?」


 イリーナはおどおどと震えながら口を開いた。


「ゴースト……ですよね」


「そうです」


「私をどうするつもりですか?」


「イリーナさんには怨みはありませんので何もしません。ただ、ちょっとお話をさせて下さい」


「……はい、私に答えられる事なら」


 由美子ちゃんはまずイリーナの事について問いかけた。

 この期に及んで黙秘したり嘘を吐ける筈もなく、イリーナさんは自身の境遇について語り出す。


 イリーナはこの世界とは異なるヴォルファームという世界の住民だそうだ。

 ある日突然イリーナの村にハムールという男が大勢の仲間達を引き連れて現れ、イリーナの村を焼き払ったという。


 そして生き残った僅かな者に無理やり召喚契約の証となる刺青のような紋様を刻み、今ではハムールの召喚獣として強制的に働かされているとの事だった。


 このようにこの世界の召喚士は時空の壁を破って異世界へ侵攻し、そこに住む人間や獣を力で隷属させる事ができるという。


 彼らはこれを異世界狩りと称し、スポーツ感覚で月に一回程のペースで異世界を荒らしていたそうだ。

 ビースローフのように食料としての利用価値がある生き物には召喚契約の紋様を刻んだだけで解放し、必要に応じて呼びだして殺し食べるという。


 イリーナは彼らに襲われた時の事を思い出したのか、身震いをしながら言った。


「特にハンター職のライズボーン、ワルド、トライドス、ロンティアの四人は狩りの達人で、弓の腕前は勿論、多くの武器や罠を使いこなします。目や耳もいいので一度狙われたら逃げられません」


 確かに生身の身体であるイリーナには恐ろしい存在だが、霊体である俺達には弓矢も罠も通用しないのでさほど脅威ではなさそうだ。


 しかし異世界に行き来できるというのは厄介だ。

 もしかするとこの鈍異村に閉じ込められた奴らも異世界経由で逃げられるかもしれないと懸念したが、イリーナは首を横に振ってそれを否定した。


「召喚契約の紋様を刻まれた者を異世界から呼びだしたり元の世界に返すのは召喚士にとっては簡単ですが、この世界の住人が異世界へ行く為には大がかりな準備が必要です。以前ハムール達の話を小耳に挟んだんですが、ギルド【英雄の血脈】の本拠地に設置された異世界転移装置を使用する必要があるそうです」


「なるほど。じゃあ逃げられる心配はなさそうだね」


「それで……あなた達は一体何者なんですか?」


「ああ、俺達は七十五年前にあいつらが英雄と崇める奴が俺達の世界に持ち込んだ呪いによって殺された憐れな人間のなれの果てさ」


 俺はイリーナに俺達の鈍異村で起きた一部始終を伝えた。

 そのあまりにも悲惨な境遇にイリーナは驚きを隠せない。


「そうだったんですか。私達も彼らに酷い仕打ちを受けましたが、あなた達が受けた苦しみはそんな比じゃない……」


「どうだろう。敵の敵は味方というし俺達に協力して奴らにひと泡吹かせてやらないか?」


「はい、喜んで!」


 イリーナは考えるまでもなく即答した。


「私の両親も友達も皆あいつらに殺されました。こちらこそ宜しくお願いします!」


 交渉成立だ。


 俺達にとって生きている味方ができたのは大きい。


 怨霊は霊力を消費しないと生きている者に危害を加えられないが、逆に言えば直接危害を加えないようにお膳立てをするだけなら大して霊力を使わない。

 うまくイリーナと連携できれば俺達は無駄に霊力を消費せずに復讐をする事ができる。


 それに狼の獣人であるイリーナは優れた嗅覚をもっている。

 これを利用しない手はない。

 俺はイリーナにその嗅覚がどれ程のレベルなのかを試させて貰う事にした。


「それではこの部屋の中の様子を匂いで探ってみます」


 イリーナは鼻をクンクンさせると、ベッドの下を指差して言った。


「例えばこのベッドの下に何かありますね……この匂いからすると、何かの書物でしょうか」


「分かった、もういい。十分だ」


 俺はベッドの下のスペースに手を伸ばそうとしたイリーナを全力で阻止する。

 愛はそんな俺の必死な形相を見て腹を抱えながら笑っていた。


 何はともあれイリーナの嗅覚の精度は十分に把握した。

 これなら奴らがどこに隠れても瞬時に見つける事ができるだろう。


 イリーナは改まって言った。


「それにしてもあなた達はゴーストなのに凄い力を持っているんですね。この世界も、私達の世界にもそんな強大な力を持つゴーストはいませんでした」


「そうなんだ。俺達の世界……というか国では怨霊といえば一部の霊能力者でしか対抗できない恐怖の対象だからね」


 生きている頃はまさか自分がそんな恐ろしい存在になるとは夢にも思わなかったが、折角日本の神様が授けてくれた力だ。

 復讐を遂げる為にもこの力を最大限活用させて貰おうと決意を新たにする。


 話をしている内に少しずつイリーナとも打ち解けてきたので、俺と愛は変身に使っている霊力の放出を止めて元のグロテスクな姿に戻った。


 思わずイリーナは両手で目を覆うが、指の隙間からちらちらと俺達の姿を見ており、少しずつこの姿に慣れようと努力してくれているのが分かる。


 大変だろうけど頑張って慣れてくれ。


 ぎゅるるるー。


「あっ……」


 イリーナの緊張が解けたのか、彼女のお腹の虫が活動を再開した。

 生きている彼女は俺達と違って食事をする必要がある。

 俺達はあの胸糞の悪い冒険者達とは違う。

 何か食べさせてあげられる物はないかと割れている窓から庭を覗くと、丁度いい物が目に留まった。


「イリーナは果物や野菜は食べられる? 肉食オンリーだったりしない?」


「はい、基本的に人間と食べる物は同じです」


「良かった。こっちにおいで」


 鈍異村は元々外部から隔離されていた村なので、どの家でも庭や畑で食料となる果物や野菜を育てていた。

 俺の家の庭にも柿やりんごの木がある。

 村が滅びた後もその木は立派に成長を続け、今も大きな果実をぶら下げている。


「この辺りの木になっている果物はうちのだから好きに食べていいよ」


「はい、有難うございます」


 イリーナは恐る恐る彼女にとって未知なる果物──りんご──をもいでかぶりついた。


「……美味しいです!」


 イリーナは恍惚の表情でそれを頬張っている。

 どうやら俺達の世界の果物は異世界の獣人の口にも合ったようだ。


 左隣の久慈(くじ)さんの家の庭にはジャガイモ畑が、右隣の大浦(おおうら)さんの家の庭にはミカンの木がある。


 今日は新たる仲間イリーナの歓迎会だ。

 折角だから鈍異村で採れる野菜や果物を食べて貰おう。


 黙って他所様の敷地内に侵入してそれらを収穫するのは心苦しいけど、全ては村人達の復讐の為だ。

 きっと彼らも笑って許してくれるだろう。




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