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第12話 狼少女



 ガラガラ……ドシャーン。


 滝本さんの自宅が倒壊する音は少し離れた場所で仲間達と探索をしていた召喚士ハムールの耳にも届いていた。


「ハムールさん、何の音でしょうか?」


「他の仲間達かもしれんな。行ってみよう」


 ハムール率いる十数名のグループが陣形を整えながら倒壊した滝本さんの自宅跡に近付いてくるのが見えた。


 俺はまだ霊力が完全に回復しておらず、愛もラスタル達三人を殺す事でほとんどの力を消費している今、由美子ちゃんだけであの人数を相手にするのは厳しいと判断した俺達は彼らに気付かれないように少し離れた位置から様子を伺う事にした。



「音が聞こえたのはこの辺りからだ」


 耳の良さが自慢のハンター職のワルドが瓦礫の山となった滝本さんの自宅跡を指差して言う。


「老朽化で崩れたのか?」


「いや、それにしてはタイミングが良すぎる。嫌な予感がする。ハムール、この瓦礫を取り除けるか?」


「造作もない事だ。出でよビッグゴーレム!」


 ハムールは地面に魔方陣を描いて呪文を唱えると、次の瞬間目の前に5メートルはあろうかという巨大な石人形が現れた。


「ゴーレム、やれ」


「グアオオオオオオオオ!」


 ゴーレムと呼ばれた石人形はその怪力であっという間に瓦礫を取り除いてしまった。


 そしてその下からは激しく損傷した三つの死体が現れた。

 そのあまりの惨状に一同は衝撃を隠せない。


「ラスタル、デザーフォ、ヒムロ……どうしてお前達が……」


 長く生死を共にした戦友の変わり果てた姿にハムールは大粒の涙を流して人目も憚らずに慟哭する。


「ハムール、悲しんでいる暇はないぞ。今の俺達がすべき事はここから生き延びて、彼らの仇を討つ事だ」


「何だとワルド。ラスタル達は殺されたっていうのか?」


「ああ、俺にはこれが事故だなんて思えない。ラスタル程の者が警戒もせずに倒壊しそうな建物の中に足を踏み入れると思うか?」


 ワルドの言葉にハムールはハッと目を見開く。


「誰かが建物を崩してラスタル達を殺したと?」


「そう考えるのが自然だろう。やったのは恐らく……」


「パーティ会場に現れたあのゴーストか」


「ああ、俺もそう睨んでいる」


「ハムールさん、これを見て下さい!」


 その時、シーフ職の少女マルセリカが草の下に置かれたパンの切れ端に気付いた。


「これは……そうか、ラスタルが最期に俺達に道を示してくれたな」


「はい、よく見るとあっちにも、その先にもパンの切れ端が点々と落ちています。これを辿っていけば他の仲間達と合流できるかもしれません」


「そうだな。それじゃあ……ゴーレム戻れ! 出でよ、イリーナ!」


 ハムールは召喚したゴーレムを元の世界に還すと、再び召喚の呪文唱えた。


 次に現れたのは大きな耳にふさふさの尻尾を持った狼のような獣人の少女だ。

 その身体は薄汚れた一枚の布を覆っているばかりで、まるで奴隷のようにも見える。


 ハムールは拾ったパンの切れ端をイリーナと呼ばれた少女の鼻先に突きつけて言った。


「おらイリーナ、早速仕事だ。近くにこれと同じパンの切れ端が落ちているはずだ。お前の鼻でそれを辿って俺達を誘導しろ」


 イリーナと呼ばれた狼少女は眉を顰めて嫌がるそぶりをする。


「何だその目は? お前がやらないのならお前の弟や妹にやらせてもいいんだぞ?」


「うう……分かりました」


 イリーナは鼻をクンクンさせながらパンの匂いがする方向へ足を進める。



 どうやら彼女はハムール達に無理やり従わされているようだ。



 イリーナの誘導でハムール達はあっという間に鈍異学園の校舎まで辿り着いた。


 校庭でラスタル達の帰りを待っていたプライズがハムールに気付いて声を掛ける。


「ハムール、無事だったか。ラスタル達とは会わなかったのか」


「プライズ……ラスタル達には会うには会ったが……もう……」


「!? まさか、あいつらもやられちまったのか!? くそ、ゴーストどもめ!」


「やはりパーティ会場に現れたあのゴーストの仕業なのか?」


「ああ、間違いないだろう。こっちも大勢やられた。バートン、キンメル、ゲリング……皆良い奴だったのに」


「プライズ、俺達Sランクの冒険者が集まればゴーストごとき怖くもねえ。地獄に送り返してやる!」


「ハムール、奴らを舐めるな。ラスタル達を含めて分かっているだけで既に11人もやられている。慎重に対策を練るんだ」


「……そうだな。それじゃあまずは腹ごしらえをしよう。昨夜から満足に食べてないんだろ?」


「ああ、助かる」


「出でよ、ローフビース! ウォータープラント!」


 ハムールは校庭の真ん中に大きな魔方陣を描き召喚の呪文を詠唱すると、丸々と太った牛のようにも豚のようにも見える動物と、樽のような大きさの植物が現れた。


 どうやら食料をとなる獣と、水分を多く蓄えた植物を異世界から召喚したらしい。


 剣を構えたプライズが獣に近付いた。


「秘剣、操刀鬼!」


 一瞬プライズの剣が光ったと思うと、次の瞬間その動物は大量のサイコロステーキのような正方形の肉塊に分解された。


「ヒュー、いつ見てもお前の剣技は惚れ惚れするな」


「肉を解体する為に会得した技ではないんだがな。さあ調理は任せたぞ」


「はい、プライズさん!」


 食事の支度はトリス達新米冒険者の仕事だ。

 手際良く肉を焼いたり潰したり調味料で味付けをし、あっという間に美味しそうな肉料理が完成した。


 冒険者達は焚き火を囲んで地面に座り、一斉に肉に被りつく。


 しかしひとり、イリーナと呼ばれた狼少女だけはその輪の中に入れて貰えずに外からそれを眺めていた。


 ぎゅるるるー、というお腹の虫が鳴く音を聞いてハムールがイリーナの事を思い出した。


「あ? お前まだいたのか。物欲しそうな目をしてもやらんぞ」


「……お肉はいいので早くおうちに帰して下さい」


「今飯食ってるところだろ。食べ終わるまでそこで待ってろ」


「……」



 冒険者達は周囲の警戒をしつつも食事に夢中になっており、今はあのイリーナという狼少女が完全に孤立している。

 これは彼女を捕獲するチャンスだ。


 俺は孤立しているイリーナに狙いを定めて霊力を放つと、校庭につむじ風が巻き起こりイリーナを包み込んだ。


「きゃっ……何!?」


 校庭の土埃が舞いあがり、イリーナの姿は冒険者達には全く見えなくなる。


「くっ、噂のゴーストの仕業か! おい、ヒルダ、マリクル!」


「分かってるわ、任せて!」


「こんなもの俺達の風魔法に掛かればただのそよ風だ!」


 魔女ヒルダと魔法使いマリクルの二人は食事の手を止め、つむじ風に向かって風の魔法をぶつけると、俺が作り出したつむじ風は風魔法の威力と相殺されてかき消されてしまった。


 しかし既にその場所にはイリーナの姿はなく、彼女のいた場所にあったのは大きな血だまりだけだ。

 ハムールはそれを見て溜息交じりに呟いた。


「あーあ、あいつまでやられちまったか。また代わりの奴を呼ばなきゃなんねーじゃねえか」


 奴らにとっては便利な道具が壊れた程度の感覚しかないようだ。

 本当に胸糞悪い奴らだ。


 おかげで俺達は良心を痛めることなく奴らを殺す事ができる。



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