第10話 それなりの収穫
校舎の屋上へ出たトリスは、校庭で待つプライズに向けて大声で叫んだ。
「プライズさん、このダンジョンの中は危険です! コルテッサさんも、ゲリングさんも、ベルスさんも……全員殺されました!」
「何だと!? そうか……だがトリス、お前だけでも無事でよかった。そこから飛び降りろ、俺が受け止める!」
「はい!」
「……エアークッション!」
トリスが校舎の屋上から飛び降りると同時に、プライズが魔法の呪文を詠唱する。
トリスが飛び降りた先の空気がクッションのように柔らかくトリスを包み込み落下の衝撃を和らげた。
トリスは生まれたての小鹿のようにふらふらしながらゆっくりと地面に足を下ろす。
「プライズさん……この中は地獄です……僕だけが生き残ってしまって……」
「気にするなトリス。あいつらも冒険者の端くれ。いつでも覚悟はできていたさ。……詳しい話は落ちついてからでいい」
「はい……」
しばらくして落ち着きを取り戻したトリスが校舎内での出来事をプライズに伝えた。
といってもトリスにとって三人の死は不可解なものばかり。
コルテッサは恐らく笛に仕掛けられた爆弾のトラップによる爆死。
ゲリングは事故にも見えるが恐らくゴーストによって殺されたものと思われる。
ベルスはアンデッドに階段から引っ張り落とされて殺された。
トリスはそう説明するのが精一杯。
コルテッサとゲリングの殺害方法については想像の域を出ず、ベルスについてもトリスはアンデッドに殺されたと思い込んでいるが、正しくは愛が霊力を使って石川先生の死体を動かして殺害したものだ。
死地において敵の姿が見えない事程恐ろしいものはない。
これが和風ホラーの真髄である。
「そういえばこんなものが……」
トリスは懐から数冊の本を取り出してプライズに渡した。
「ふむ。このダンジョンの中で回収した本か。これを調べれば何か分かるかもしれないな。よくやったぞ。彼らの犠牲は無駄ではなかった」
「プライズさん、宜しく頼みます」
プライズは早速本を開いて中を改める。
最初のページに描かれていたのは、町を破壊する巨大な怪物の姿だ。
「なんだこの化け物は……見ろ、化け物の下に書かれているのは民家だろう? この大きさを考えると……まるで山だな」
「こんな化け物が実在するんでしょうか? もしそうなら伝説の魔王よりも遥かに恐ろしい存在ということになります」
彼らは戦々恐々としてページを捲る。
次のページに描かれていたのは町を飲み込もうとしている巨大な植物の化け物だ。
プライズ達はううむと唸りながらその絵を凝視している。
「もしかしてここに描かれたモンスター達によってこの遺跡の住人は滅ぼされたのでは?」
「むう……だとするとこのモンスターどもはまだこの辺りに生息しているかも知れんな。ゴーストだけではなくこいつらにも警戒をしなければならん」
ページを捲るたびに彼らの顔色は青ざめていく。
次のページにも、その次のページにも冒険者である彼らが今まで見た事もない恐ろしいモンスターが描かれていた。
俺は彼らの様子を遠目で眺めながら腹を抱えながら笑い転げた。
あれは自由帳だ。
描かれているのは子供の落書き。
最初のページに描かれていたのは当時流行っていたアメリカから輸入されてきたばかりの怪獣映画プリンセスコングのワンシーンだ。
そして次に描かれていたのは当時流行っていた怪獣漫画に登場する植物怪獣キングビオレッタだ。
所詮架空のモンスター。
それを彼らは実在したモンスターの記録と思い込んで真剣な眼差しで内容を解析しようとしているのが滑稽だった。
あまりにもおかしすぎて、俺などうっかり裂けたお腹の割れ目からいろいろ飛び出るところだった。
腹が捩れるどころの騒ぎではない。
「トリス、ここに描かれたモンスターについて他の皆にも情報を共有させた方が良さそうだ。皆にも目を通すように伝えておいてくれ」
「はい、プライズさん。皆さんで対策を考えましょう」
プライズとトリスは一通り自由帳に目を通した後に二冊目の本を手にした。
「こっちの本は文字が沢山書かれているな……どこの国の言葉だ?」
「コルテッサさんも分からないと言っていました。今まで見てきたどの国の文字とも違うと」
「そうか。ならば仕方がないな。……トランスレーション!」
プライズが今使った魔法は翻訳魔法という物だ。
これによって異なる国や世界の文字や言葉も理解できるようになる。
「なになに……ニッポン ノ 歴史……と書いてあるな。どうやらこれはニッポンという国の文字らしい」
「聞いた事ありませんね」
「とにかく続きを読んでみよう」
そこに書かれていたのは、弥生時代から始まり鈍異村が滅びた直前……第二次世界大戦までの日本の歴史だった。
俺は学生だった頃の授業の様子を思い出して感慨に耽った。
「あー、あれは歴史の教科書か。懐かしいな」
「私達が死んだ時に勉強した内容と、今の子供達が勉強してる内容って結構違ってたりするんだってさ。例えば鎌倉幕府が樹立した年とか」
「え、そうなの? 愛、お前どうしてそんな事知ってるんだ?」
「私、浮幽霊になってからちょくちょく外の町にある学校の様子とか見に行ってたからね」
俺達がこんな雑談をしていることなど知る由もなくプライズ達は真剣な表情で歴史の教科書を読み続けている。
「プライズさん、何なんでしょうねこれ……小説にしてはヤマもオチもないし、年代が飛び飛びでまるでダイジェストを見ているようです」
「分からん……だが貴重な手がかりだ。ひとまず俺が保管しておこう」
他にも算数や理科の教科書を開いてはそこに書かれている内容を解析している。
彼らの世界では士官学校以外に学校という概念はないらしく、学術書の一種だろうと判断する。
ただ一つ分かった事は、この場所は彼らが知らない国であるという事実だけだ。
プライズはこれ以上の事は分からないと判断し、回収したノートや教科書をしまう。
「俺達だけではこれ以上の事は調べられないな。やはり早く他のギルドメンバーと合流する必要があるが、ラスタル、デザーフォ、ヒムロの三人は道沿いに東へ向かったまままだ戻らないんだ」
「プライズさん、俺が様子を見てきましょうか」
「トリス、単独行動はするな。ここでは何が起きるか分からない。彼らを信じてここで待とう」
「……はい」
プライズは経験を元にトリスに留まるよう指示を出すが、それは逆に俺達にとっては好都合だ。
何せ俺達は三人しかいない。
もし彼らがバラバラに動けば全員を監視しきれなくなる。
現に他のグループのおおよその位置は分かるが、行動の詳細は把握していない。
これでしばらくはプライズ達から離れて他のメンバーの様子を探る事ができる。
俺達は鈍異学園を離れてラスタル達が向かったという村の北東にある住宅地へ移動をした。
かつては美しく整備が行き届いていた学校から住宅地へ続く道路は、今では見る影もない程草木が生い茂り獣道のようになっていた。
この異世界では草木の陰から魔獣が飛び出してくる事は珍しくない。
彼らはいわゆるタンク役である戦士ラスタルを先頭にして、その後ろをアーチャーのデザーフォと氷魔法使いのヒムロが周囲を警戒しながら一歩一歩ゆっくりと進む。
僅か一キロメートルに満たない距離を進むのに時間がかかっているのはその為だ。
太陽が真上に上る頃、彼らは漸く住宅地に到着した。