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第1話 すぐそこにある死



 怨霊は生ける者の恐怖心を糧にしている。

 獲物達が怯えれば怯える程それが怨霊のエネルギーとなり霊力を増していく。


 ただ相手を殺すだけの怨霊は二流だ。

 ターゲットだけでなく周囲の者にも恐怖を伝染させながら殺せるようになって初めて一人前の怨霊になれる。


 まずは手頃な獲物を惨たらしく殺し、それを別の獲物に見せつけて更に恐怖心を煽っていく。

 それが怨霊がこの世で長く活動を続ける為のコツだ。


 獲物が恐怖を感じなくなった時、霊力を供給されなくなった怨霊はこの世界に留まる事ができなくなりやがて消滅してしまう。


 ホラー映画で怨霊が必要以上に恐怖心を煽るのはそういった理由がある。


 そういう俺も生前はそんな事を考えた事もなかったが、死後長く霊魂として現世を彷徨う内に似たような境遇の先人達から様々な知識を授かった。


 しかし獲物達はそんな事情など知る由もない。

 彼らは俺達の行動を悪魔の所業だと非難するだろう。




 知った事か。




 俺達にはその権利がある。


 彼らにも救われる道は沢山あった。

 しかし彼らは自らそのチャンスをふいにしたんだ。


 もう彼らにかける慈悲はない。

 夢や希望を持つ事もなく、ただ俺達の養分になりながら死んでいけばいい。


 あの日俺達が受けた苦しみはこんなものではないのだから。




 私立鈍異(のろい)学園高等部二年一組、小山内 詩郎(おさない しろう)

 それが俺の名前だ。


 俺は仲間の怨霊達と校舎の屋上から獲物達の様子を眺めていた。


 獲物達が俺達に気づいていればどう思っただろうか。

 きっとこの異形の姿に脳が理解を拒んで二度見したに違いない。


 俺の顔はどこにでもいる少年のそれだが、そのお腹は大きく裂け腸等の内臓がずるりとこぼれている。

 これが俺が死んだ瞬間のそのままの姿だ。


 俺の右にいる少女には顔の右半分が無い。

 今確認できる顔の半分は整った顔立ちをしており、誰が見ても元は大層な美少女だった事が分かる。

 斧で頭をかち割られて死んだ彼女は、痛みを感じる前に即死できたのが不幸中の幸いだったと言っていた。


 俺の左にいるもう一人の少女は俺よりかなり年下で、見た目としては五体満足だが、その身体は半透明で景色に溶け込んでいる。

 彼女には死んだ瞬間の記憶が残っておらず、尚且つ遺体も見つからずに本人も直接的な死因を把握していないのでこんな見た目になっていると考えられる。


 俺達は皆怨みを持ちながら死に、怨霊となった者達だ。



 顔の右半分がない少女が口を開いた。


「詩郎君、いくらなんでもあれはやりすぎじゃないの? さすがの私もちょっと引いちゃったよ」


 彼女は二年二組の北野 愛(きたの あい)

 俺の幼馴染だった女の子だ。


「何言ってるのさ愛。こんなんじゃ全然足りないよ」


 俺は愛の言葉を真っ向から否定した。

 愛はやれやれと言わんばかりに両方の手のひらを上に向けて肩をすくめる。


 続いて半透明の少女が呟いた。


「私、お腹空いちゃった」


 この女の子は初等部四年一組の櫛引 由美子(くしびき ゆみこ)ちゃん。

 年下だったので生きている頃は話した事もなかったけど、マイペースで好奇心旺盛な女の子だ。


「そうだね由美子ちゃん。もっとたくさん恐怖に陥れながら殺さないとね」


「うん。いっぱい、いーっぱい殺そうね。お腹が膨れるまで」



 俺達の視線の先には、獲物となった憐れな二本足の羊達が声を震わせながら話をしているのが見える。


 彼らは俺達が生きていた世界とは違う場所──いわゆる異世界であるこの世界──では冒険者と呼ばれている連中だ。


 その中でもSランクと呼ばれる世界最高峰の冒険者達が多く所属しているギルド【英雄の血脈】のメンバーだ。

 彼らが一団となって戦えば魔王の軍勢ですら退けられるだろう。



 分厚い雲に阻まれて月の光も届かない暗闇の中、松明を手にした数人の男女の息遣いが聞こえてくる。


「トリス、戻ってきたのはお前だけか」


「はい、プライズさん。貯水池の付近でキンメルさん達とは逸れてしまいました。無事でいてくれればいいんですが……」


「心配するな。あいつらはギルドの中でも腕利きの剣士だ。ゴーストどもに後れを取る事はあるまい。直ぐに何事もなかったような顔で戻ってくるさ。よしお前達、ひとまずあそこの大木の下にテントを張り夜明けを待つぞ」


「はい、プライズさん」


 パーティーのリーダーである歴戦の冒険者プライズ氏の指揮で、男女は大木の下に移動して焚き火を燃やし、テントを張る準備をする。


 駆け出しの冒険者である青年トリスは自ら進んで手を動かしている。


 その時、雲間から満月が顔を出し辺りを照らした。


「う、うわあああああああああああ!?」


 冒険者達の絶叫が響き渡る。

 月の光に照らされて彼らの視界に浮かび上がってきたのは、目の前の大木に首を吊るされている仲間達の亡き骸だった。


 ある者は地面にへたりこみ、ある者は涙を流して嗚咽する。


「キンメル、ブル、ミッチャー……お前達までやられたのか……」


「あいつら死体を弄んで楽しんでやがる……悪魔かよ……」


「とにかく彼らをここから下ろして埋葬してあげないと……」


「そうだな、よし俺達がやろう。ライオネン、手伝ってくれ」


「ああ、分かった」


 力自慢の戦士バジマーツが相棒の戦士ライオネンを肩車し、木に吊るされている遺体の首に巻きついていたロープを切ろうとナイフを当てた。


 その時、木に吊るされていた三つの遺体の首がもげ、その胴体が一斉に地面に落下した。


「うわあああああああ!?」


 バジマーツは驚きのあまり腰を抜かして地面に倒れ込んだ。

 肩の上に乗っていたライオネンもそのまま地面に投げ出される。


「いたた……バジマーツ、驚くのは無理もないが俺が乗ってるるんだずえ。きをつけてくられられ……」


「大丈夫ですかライオネンさん。呂律が回っていませんよ。頭でもぶつけましたか? ……ひっ!?」


 様子がおかしいライオネンを心配して近付いたトリスは思わず悲鳴を上げた。


 倒れた拍子にライオネンのこめかみにはキンメルの死体の腰に差してあったはずの短剣が深々と突き刺さっていた。


「お、おれれのあたまどううなてて……」


 ライオネンはおかしな事を口走りながら血の涙を流し、そのまま事切れて仰向けに倒れた。


 バジマーツは顔面を蒼白にし、目を見開きながら絶叫する。


「うわあああああああ、俺のせいだ。俺のせいでライオネンまで死なせてしまった! ああああああああ!」


「落ちつけ、バジマーツ。お前のせいじゃない。今のは事故だ」


 プライズが今にも崩れ落ちそうなバジマーツの身体を支えて慰めるが、もはや彼の耳には何も届いていない。

 完全にショックでおかしくなってしまっている。


 プライズは已む無くバジマーツに当て身をして気絶させ、横に寝かせる。


「くそっ、一体どうなってるんだ! どうして俺達がこんな目に遭わなきゃならないんだよ!」


 トリスの叫び声が響き渡る。


 しかし彼の問いかけに応えられる者はいなかった。




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