HYOJUN - 誰のため -
このエンジン音は"スカイラインGTS4" そう思って振り返るとやっぱり。
彼の黒いスカイラインがクラクションを鳴らしながら私の横を通り過ぎた。
いつからだろう。車のエンジン音がこの国から消えたのは。
エンジン音だけじゃない。今ではもう何もかも消えてしまったように感じる。
この国が変わり始めたのは「弱い者を助けられる社会にしましょう」というCMが流れ始めてから。
人気女優が優しい口調で「弱い者を助けられる社会にしましょう」と言って微笑むそのCMはSNSで常に流れていてだんだん頭から離れなくなった。
経済的に弱い人たちはその思想にすぐに飛びついて「不公平をなくせ!みんな平等に扱え!」と声をあげた。
そしてまるで呪文のようにその言葉はこの国に広まり、学校のプログラムにも組み込まれていった。
その思想に反対すると ”あなたも本当は弱いのよ。人間は誰だって弱いの。恥ずかしいことじゃないわ。あなたが今持っているものを差し出してみんな平等に生きるの。そうすればあなたが困った時他の誰かが助けてくれるわ。これからはそうやってみんなで生きていくのよ。" そう説き伏せられた。
今では国民の大半がこの「共同社会」システムに賛同している。
「共同社会」では税金や保険の概念はない。「共同社会」に管理されている預金が、標準より多ければ徴収されて標準より少なければ与えられる。学校も病院も「共同社会」に加入すれば全部タダだし「共同社会」傘下の会社に入社すれば給料が全員一律なのでがんばって働く必要もなくなった。
レストランは"標準コース"のみで車は"音のしない白の軽"のみ。コンビニで売っている水も1種類。洋服も「共同社会」から支給されるのでみんな同じものを着ている。「個性的」という言葉はこの国から完全に消え去った。
そしてこの「共同社会」の仕組みは "HYOJUN - 標準-" と呼ばれ海外メディアにも取り上げられた。
平等で不公平のない思想は瞬く間に世界中に広がり、今ではほとんどの国の国民が同じ服を着て同じ車に乗っている。
「時間かかったけど思い通りになったわね」
そう言って女優は笑った。
これで世界中の人間は私の思うまま。意欲や希望はもう誰も持っていない。意思のない人間をコントロールするなんて楽勝よ。みんな同じだから異端児もすぐ見つかるし。洗脳できなきゃ排除すればいい。
エンジンのうるさい車なんて必要ないのよ。個性なんてめんどくさいだけ。
私が作った "HYOJUN - 標準-" 世界でみんなで生きていけばいい。
でもごめんなさいね。 "HYOJUN - 標準-" 世界の"標準"は少しずつ下がっていく仕組みなの。
そして最後はゼロになるのよ。