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言葉選び

男らしさとか女らしさというものは個人の自由に対して枷になっている。


文章表現で「男らしくてカッコいい」という一文があったとしよう。

男性に使う分には全く問題はないだろう。


だがこの言葉はたとえ褒め言葉だとしても女性に使うには向いていない言葉だ。

それは「男」という漢字が入っており、女性に使うべき言葉ではないからだ。

だが現実にはカッコいい女性も多々いるわけで、そういった人にこの言葉を向けることは良いことなのか悩ましい。


そこで私は考えた、性別を指す漢字を利用していることが問題なのだと。

では生き様を指す「漢」の方を使えばいいはずだ。

カッコいい生き様を晒す人たちを総じて「漢」と呼べばこの問題は解決するはずだ。


逆に女々しいという言葉があるが、現代においてこの言葉は男女問わず使用されている。

だがこの言葉は女々しいとあるように、この言葉は女性を下に見ているように感じさせる。

というか事実女性を下に見ていた時代に作られた言葉である。


それを使い続けるのもまたこの時代にそぐわないと私は思う。

ただ、文化として一部文芸には残っていても良いとは思うけど。


そもそも男らしいも女々しいも別の言葉で言い表せる。

わざわざ男らしいという言葉を選ばずともただカッコいいと言えばいいし、わざわざ女々しいと言わずともただ情けないとでも言えばいいのだ。


そして私はふと気がつく。

言葉選びでそういった意識を持っているか分かるということだ。

常日頃からそう言ったことを気にかけている人は気遣った言葉遣いをするし、気にかけていない人は特に気にせず今まで通りの言葉を選ぶだろう。


別にこれは男女差別だけに当てはまる話ではない。

全ての人に対して相手を思いやれるかという話なのだろう。


非常に難しいことだが、私も他人を思いやれる人間になりたいものだ。


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