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作文用紙
私は小学生の時、作文用紙1枚を埋めるだけで苦しんでいた。
感想文を作文用紙一枚書くという行為の意味が分からなかったしできなかった。
今では作文用紙一枚埋めることは造作もないが、いまだにその必要性を理解できない。
すべては楽しかったかそうでないかで表すことができる。
別にすべてを簡潔に述べろというわけではないが、この生き急ぐように生きなければならない現代において手短にかつ簡潔に述べることは重要であると私は思う。
例えば説明書や指示書などは簡潔であることよりもしっかりと書かれているほうが良い場合もある。
そもそも説明書を読まない人はいくら簡潔に書こうが書くまいが読まないのだ。
逆にしっかりと読み込む人は困ったときに説明書をじっくり読み返すのだ。
その時に説明が足りないことこそよくないと私は思う。
だがそんなことはどうでもいいのだ、今一番問題なのは自分が納得する文章を自分で書けないことだ。
自分が書きたいと思って書いているはずなのに、自分が望んだものが書けないとどうしてもつらいと思ってしまう。
だが昔とは違うのは自分が書きたいと思っていることである。
その事実だけで作文用紙8枚は文章が書けそうだ。




