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愚者にあこがれる

愚者と聞くと悪いイメージが先行する。

辞書で調べても「愚かな人。馬鹿者。」と出てくる。


どう見ても憧れる要素はないだろう。

では愚者の反対、賢者はどうだろうか?

「賢い人。賢人。」だいたいそんな意味だ。


愚者と賢者どっちになりたい?と聞かれたら多くの人は迷わず賢者と答えるだろう。

あなたは賢いですか?と聞かれて、いいえ馬鹿です!と答えたいと思える人は少ないだろう。

謙遜として自分なんて…と言う場面は多いかもしれない。

でも確固たる信念をもって言ったり、自信を持って言ったりする人はいないだろう。


皆の思い浮かべるカッコいい人は賢いのだ。

頭がいい人は賢いだろうし、何か新しいことを発見できる人も賢いのだろう。

危険に足を突っ込むこともないし、先見の明があるだろう。

人間は臆病だ、その臆病さゆえに賢さを備え安全を確立してきた。


人間は生きるために賢く進歩してきた、ゆえに人間がカッコよく思えるのは賢い人なのだろう。


だが賢さとは臆病さより生まれたものである。

そして臆病さは何か新しいことに挑戦することの枷となる。

真に賢きものは新しいことの挑戦し自信を危険にさらすようなことはしないのだ。

では誰が新しいことに挑戦するのか、それは愚者である。


愚者はやりたいことをするのだ。

たとえその先が険しい道だろうと、危険に満ち溢れていようともやりたいと思ったからという理由だけで挑戦するのだ。

賢い人のほうがお金だって地位だって長生だってできる。

それでも、たとえ刹那的であってもやりたいことをやって生きていきたいと思う。

私はそれにカッコよさを見出す。


だから私は愚者でありたいと思う。


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