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自分のことを知る

こんな物でも少しずつの積み重ねは一定の達成感があるようで、自分は50も文章を書いたのか!と驚かせてくれる。

これを毎日続けたところで、これは短編集のつもりで書いているので大きな一つの作品というわけでもなく、完結することはない。

しかし、筆者はこれを大きな作品として成り立たせることを目標として書いていない。

逃げ癖のある自分への挑戦であったり、自分の表現力を上げるものであったり、さまざまな目的の上に成り立っている。

では、自分のために書いている作品に評価が要らないのかということを考える。

筆者の意見だけを聞いてみれば、その作品は自分が自分のために書いているのだから人からの評価など必要がないはずである。

だが実際には筆者は評価を欲しいと考えているのだ。

本当に評価が要らないのであればそもそも投稿はしないだろう。

書くだけで終わるのであればわざわざ公開する必要なないのだから。

では、なぜ筆者は投稿するのだろうか?

筆者は筆者がこの文章を投稿する理由について考える。

一つ目は締め切りを作るためである。

最初に言っていたように、逃げ癖のある自分への挑戦をしているのである。

逃げ癖のある筆者は自らに締め切りを課し、その締め切りを守るよう己を律しているのである。

二つ目は自分の作品に価値を感じたいからである。

筆者は自分の作品を練習台としてとらえている節がある。

それは筆者がその作品に自信が持てていない証拠であり、自分で生み出してしまった者への否定となる。

しかし筆者は自分が生んだものを愛してあげたいと考えているのだろう。

だから全力で愛せない分愛してくれる人を探すのだろう。

三つ目は他人の視点が欲しいからだろう。

何かを一人で頑張っているとき、どうしても自分では気が付けない部分というものが出てくるだろう。

だからそれを読んだ読者の誰かが教えてくれることを願って投稿しているのかもしれない。




自分の心が素直に何かを語ることはほぼない。

いつも建前やきれいごと、それっぽい幻想を織り交ぜて自分の真意に蓋をする。

別に他人に対して真意を隠すのは全く持って構わないのだ。

人間だれしも隠したいことの一つや二つはあるはずだ。

でも自分には隠してほしくはないのだ。

自分が自分に隠し事をしてしまうとどうしても自分の心を守ることが難しくなってしまう。

そう伝えてもなかなか自分は自分に真意を教えてくれない。

だからこそ自分の感情を考察すべきなのだ。

教えてくれないのであれば調べればいい。

自分が歩み寄ってくれないのであれば自分から近づいてあげればいい。

自分なのだから遠慮はいらない。

筆者は自分のことが知りたいのだ。


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