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カッコいい大人

ふと「地に足をつけた大人」のカッコよさについて考えてみた。

地に足を付けた、落ち着いていて安定した状態を指すのだろう。

子供はあれもこれもどれも好きなものを追い求め、夢を探し、ふわふわした足取りでいる。

まあそこが子供らしさというか、元気の良さというか、かわいらしさにつながるのだろう。

では大人がそのような姿をさらしていたらどう思うだろう。

みっともない、カッコ悪い、落ち着きのない…

そんな風に思われることが多いだろう。

それは我々が大人に対して落ち着きのあるカッコよさを求めているからだ。

大人とは落ち着いていることこそが象徴、落ち着いていることがカッコいい。

そう求められている。

別に子供っぽいことが悪いことではない。

ただ私個人の意見として大人のカッコよさとは「地に足をつけた大人」が一番に思う。

ではその地に足を付けた魅力とはどうやったら手に入るのか考える。

なぜ地に足のついた魅力が子どもにはなく、大人にあると思われるのか、それは生きてきた月日が関係する。

地に足を付けたというくらいだから重みがあるイメージといえよう。

それはふわふわと浮いていた人が少しずつ重りを背負い、大地に立ち安定しているイメージであると私は思う、

子供はどうしても生まれてから時間がたっておらず、何かを背負い時間を感じさせない。

しかし、大人は子供のころから少しずつ物を積み重ねてきた時間がある。

それが安定につながるのだろう。

人の思いを背負い、自分の失敗を背負い、責任感を持ち、気遣いも兼ね備える。

どんどん、どんどん何か大切なものを背負っていく。

守りたいもの、守るべきもの、過去や未来。

そんな押しつぶされそうなほどの重さに耐えるものを我々はカッコよく思うのだろう。

限界を超えた重さを支え、それでいて平気な顔をしている。それはどんなにカッコいいことだろう。

そしてそれができないものはカッコよくはないと称される。

カッコいいわけではない、つまりはカッコ悪いのだと。

なぜだろう、私はカッコいい人になりたいと思ったから目指したいと思ったのに、これじゃあまるでカッコよくないものは悪だといわんばかりではないか!

重圧に耐えれない者はカッコ悪いのだろうか?

苦しいと叫ぶものはカッコ悪いのだろうか?

そんな人たちをカッコ悪いという人はカッコいいのだろうか?

私は「地に足をつけた大人」でなくてもいいのでカッコいい大人になりたい。


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