愛によるいじめの撲滅
前書きに日記モドキが付くのは今日までです。
何とツイッター(笑)始めます。
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なぜ人をいじめる人は消えないのだろうか?
こんな書き方をすると「いじめをするような人は死んでほしい。」と受け取られてしまうかもしれない。
しかし別にそういうわけではない。
別に今人をいじめている人が死んだところで新しくいじめを行う人がいなくなるわけではないのだから。
私が何を言いたいのかというと、なぜいじめをする人が生まれてくるのかという話だ。
私はいじめを楽しいと思えない人間だが、彼らはどういう心理でいじめをやろうと思うのかを考えてみる。
私が真っ先に思い浮かんだのは「優越感が生まれる」という理由である。
なぜ優越感が生まれるのか、それはいじめの対象を無理やり自分の下としてみるからである。
すこし無理やりな理論と感じるかもしれないが、いじめられる者は弱いから、格下だからいじめられるのだ。よって俺にいじめられているあいつは俺より格下だ。という考えではないかと私か考える。
人を無理やり下にすることで自分が上にいるような錯覚を得ることができるからいじめる。
これならば多少いじめる側の気持ちが分からなくもない。
ではほかにはどんな理由があるだろうか?
次に私が思い浮かんだのは「反応が返ってくるから」という理由である。
自分がやったことに何かしらのレスポンスがあると人間は多少嬉しいものである。
何かしらのレスポンスがあるということは自分のことを無視されていないという事実である。
正直私は理解ができないが、もし誰にも相手にされない人が誰かに相手にされるとき、それがどんな形であろうと反応を返してもらえることが嬉しく感じるのではないかと私は考える。
そうであるのであれば、ほんの少しだけ理解を示すことができる。
正直これ以上理由が思いつかないので先に進むことにする。
この二つの理由がもしいじめを駆り立てる要因になっているのだとしたら、それはとても悲しいことである。
だって誰かを無理やりにでも下に見ないといけないぐらい自分が下に思っているっていうことだし、誰かをいじめてでも反応が欲しいぐらい誰にも反応してもらえないということになってしまう。
つまりはいじめを消すためにはいじめをした人に愛を与えればいいのである。
すべての人が愛される世界になればいじめは消えるのだろう。
そうであってほしいと私は願う。




