安心を得るには
筆者は感想文がどうしても頭が足りない感じになってしまうのでレビューとかできないんです。
安心とは何だろうか?
僕は安心というものを理解できていない。
親は子供のことを心配する。
それは子供に安心できないからだ。
子供に安心する理由は危ないことをしないことや一人でも生きていけることを示すことで成立すると僕は思う。
それは一体どういうことなのか?
それは危険より最も遠い位置にいるということである。
危険ではないということが安心であり、人間が安心であると判断するということは、危険を認識できないということである。
だが人間には観測不可能な危険がいくつか存在する。
いや、観測もそうではあるが一番よくあるのは予測の方であるだろう。
人間は危険と出会わないように危険を予測して安心を得る。
では、人間が安心して暮らす方法はどんなものがあるのか考えてみる。
まずは冒険をしないことだ。
冒険とは危険が付きまとい、危険と隣り合わせで行うものである。
その為安心を確実にするためにまず冒険をしてはいけない。
次にわからないものを受け入れてはいけない。
完全に理解し、それに危険がないことを理解するまではそれを受け入れてはならない。
最後に生きてはいけない。
生きているとどうしても時間が流れてしまうため、世界から何かしらの影響を受ける。
もし、時間を止めることができるのであれば問題はない、自分を含む一切の時間を止め一つの事実として固定すればよい。
すなわち、完全なる安心とはすべてが変化しないことであり、ただの事実となる必要があるのだ。
僕は安心したくとも安心がこういった存在であることを理解してしまった為、安心を受け入れることができなくなってしまった。
僕が僕であるためには新たなことを体験し続けなければならないと僕の心が叫ぶ。
だから僕は日々冒険をするのだ。




