共に生きる者
結果が出るまで努力できる人ってすごいですよね。
人間が進歩するにあたって少々問題が出てきた。
それは学ばなければならないことが増えたということだ。
昔は知っていなくては生きていけない。と言われるようなものの数が今に比べて少ないと吾輩は思う。
今の子供たちは大変だと吾輩は思う。
長い年月をかけて2か国語を扱えるようになるのと短期間で2か国語使えるようになるのでは話は違う。
働けるようになるためにたくさんの知識がいるのはその通りだし、知識はより多くあったほうが良いのはその通りではある。
しかし、すべての人にそれを求めるのは厳しいと吾輩は思う。
誰にだって得意分野があるし、苦手な分野もある。
みんなが自分のできることをやるから世界は回っているのである。
今の子供は求められる最低基準が高くなってしまっている。
そのために自分が自由にできる時間がどうしても減ってしまうのだ。
勉強ができなければゲームをやってはいけない、テストでどのくらいの点数を取らなくてはならない、宿題を終わらせなけらばならない。
自分のために使う時間が減ってしまうのである。
子供は夢を追うべきだとよく言うが、夢を見つけるのにも時間がかかるのである。
親は子に生きてほしいから安全な道を示すが、子はその安全な道に夢がないこともある。
安全な道を歩きすぎてやりたいことが見つからない子供もいる。
全部できる人間など世界を探してもほんの一握りしかいないのだ。
人間は自由に生きるべきなのである。
しかし、人間として生きるために必要なことが一つだけある。
それは倫理観だ。
倫理観がない人間は人間の輪の中に入ることができない。
そもそも仲間として認めてもらえない。
小説の中で別世界から来た人間の倫理観がその世界の倫理観と合わない場合がある。
そうするとどんなに優れた人間であってもただの邪魔者である。
道徳や倫理の授業は現代では大きく取り上げられていると私は感じないが、あれらはより高度な社会にこそ必要なものである。
考えてみてほしい、あなたは優秀なだけの人間と人間性が良い人間どちらと生きていきたいかを。




