人間に価値のある瞬間
作品に登場する人物の名前であっても名付けるときはとても悩みます。
人間が価値のある瞬間とはいつだろうか。
生まれた瞬間だろうか、人の役に立った瞬間だろうか、何か偉業を成し遂げた瞬間だろうか。
そんなに目に見えるものではないと僕は思う。
人間は生まれた時から一定の価値は保証されている。
生命の循環としては確約されているといっても問題はない。
よってこの世に無価値な人間はいないのだ。
しかしだ、より価値のある人間であったり、価値がない人間だっていないわけではない。
いや、価値がない人間と言ってしまうと語弊がある。
正確には持っている価値よりも迷惑をかけてくる人間、といったほうが正しいのではないかと我輩は思う。
よく、非行少年が俺に価値はないとか、頼んでもないのに生んだとか、さまざまな屁理屈をこねて人に迷惑をかけているが、多くの人はそこを指摘してやれない。
なぜならその大人たちも理解はできていないからだ。
どんなに大きな貢献を世界にした人物であったとしても、その価値を上回る迷惑をかければその人物は悪として扱われる。
逆に普段迷惑ばかりかけている人間だとしても、その迷惑を上回る価値を示せばそれは偉大な人物と呼ばれたりするのであろう。
所詮人間の価値のはかり方なんてそんなものである。
生まれてそこいらの子供が世界に認められる功績を生み出していることは稀だ。
だからこそ我々大人が愛を注がなければならないのである。
彼らに生きる価値を与え、目指す夢を与え、守るべき倫理観を学ばせる。
大人という存在にはそういった義務が付きまとう。
しかし残念なことに現代ではそれらの義務を全うできない、子供から抜け出すことのできない大人モドキが増えている。
言動や考え方が子供、だからどうした?!
動画投稿者や漫画家、芸人娯楽に携わる人は表では大人であることができない人がいる。
それでもその人たちは子供たちに夢を与え笑わせ笑顔を与えている。
確かに経済を回す人間はすごい。
確かに国を取りまとめる人もすごい。
それでもまずは子供を育てることに意識を向けてほしい。
人間が本当に価値のある瞬間は未来を育てる瞬間だを我輩は思う。
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