簡単な行為
筆者は自分の髪型にはかゆくない以外求めていないので大体床屋さんのお任せで切ってもらっています。
人の心は他人の心を伝播させて良い気持ちを伝播させることもあれば悪い気持ちを伝播させる。
人が言葉を口に出す。
ただそれだけで大きな影響が出る。
その行動だけで誰なの気持ちを左右することができる。
特に人の心を荒ませることなんて簡単だろう。
ただ罵声を浴びせかかればいいのだ。
ただただ人の気持ちも考えずに心無い言葉をぶつけるだけで人は心に傷を負わせることができる。
逆に人を良い気持ちにさせることは少しだけ難しい。
その人が何を言ったら喜ぶかを考えてあげる必要があるからだ。
だからこそ人はあまり人をほめることがない。
ほめる必要のない相手はそもそも褒めないし、ほめるべき相手にもほめるという行動をとらない場合が多い。
そして人に罵声を浴びせることは簡単がゆえに多くの人が実践してしまうのだ。
罵声はただ感情を表にすればいいだけなのだ、いらだつ相手にぶつけてもよしただただやり場のない感情として吐露するもよしな簡単な行為である。
なぜ罵声はたちが悪いのかというと、罵声はいらだつ気持ちを外に掃き出すだけで自分の気持ちをすっきりさせられるからだ。
人の失敗などもいい例である。
失敗すると人に笑われるかもしれないでも考えてみてほしい、本当に心に傷を負うのは失敗したときに罵声を浴びせられることである。
最近、叱ると怒るの違いが重要視されるのもこれゆえだろう。
正直俺は失敗したときに笑われることは全く気にならない。
いや少し語弊がある。
恥ずかしくはあるが心に傷を負うことはないが正解だろう。
結局のところ簡単にできる行為ほど人間の品性が問われるのだ。
ただでもっていってもよい紙ナプキンを使いもしない量をもっていく人のように、ただだからどうでもよいのではない、ただだからこそ考えて使うのだ。
罵声だってそうである。簡単に吐き出すだけでいいのか、俺はいろんな人に問いかけたい。
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