流れの力を前にして
ふと思い出した内容が後でやろうと思っていたことなのか、夢での出来事だったのか分からなくなる時ってありますよね?
僕はたまに流れに身を任せるときがある。
普段は自分でやることは自分で考え自分で結論を出すことに価値を見出している僕だけど、そんな信念を持っていたって自分で考えることをやめて流れに身を任せたくなる時もあるでしょう?
世間では何かに流されることはよくない!みたいな風潮がるけど僕はそうは思えなかった。
この世界にはいろいろな流れがある。潮の流れだったり、風の流れだったり、人の流れだったり、物流だったり、この世界にはいろいろな流れがある。
よく「お前は空気が読めない」みたいな罵倒を聞くけどそれは空気、つまり話の流れを読めってことでしょう?
子供ですら流れを気にしてるんだ。
大人はもっといろいろな流れに身を任せているんだろうね。
僕は大人になるための流れに今乗っている。
小学校、中学校、高校、大学ちょっとした例外はあるかもしれないけど求められる人間になるためには基本的にこの流れに乗ることが一番安全で近道なんだ。
空気が読めない人間より空気の読める人間が欲しいように、社会は流れが読める人間を欲しているんでしょ?
学校で習うことはこの流れを作るためのもの。
でも教師が望むのは自分で未来を切り開く人間。
新しいものを生み出す人間も自分で未来を切り開く人間。
求められているのも自分で未来を切り開く人間。
そう、育てている人間と真逆の人間を求めているんだよ!
こんな流れは間違っている。
僕はそう思う。
流れを変えるのには同じだけの力がいる。
大きな流れはゆっくりでもとても強い力があって細い突発的な力では動かすことができない。
いろいろな方向から少しずつしかことができない。
それでも変えたいからその流れは頑張って大きな流れに影響を与え続けるんだ。
何か新しいことをする人にはみんな結果を求めてくる。
でもさっき言ったように一人の弱い力では結果が出るのにすごく時間がかかるんだ。
協力を求めても手伝ってくれる人は少ないしそもそもその行動に否定的な人は押し返してくる。
世間は新しいものを恐れ大きな流れを正義とする傾向がある。
それ以外の新しいものは最初、多くの人に悪として映ってしまう。
敵から始まってしまうのだ、新しい流れって大変だよね。
流れに乗るのは簡単だけど流れを変えるのには結構な力がいる。
さらに言えば流れに逆らうのはそれよりも多くの力がいる。
でも自分で未来を切り開くってこれらをやらなくちゃけないんでしょう?
疲れちゃうよ。
そんな時人は流れに身を任せて心を休めるんだろう。
どんなに強い人だって流れに勝てない時はあるし、どんなに弱い人だって流れに逆らいたいときはある。
だからこそ流れに逆らって未来を作った人は英雄になれるのだろう。
そして僕はそんなカッコイイ人生を歩みたい。
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