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言葉の重みはどこにある?

ただ自分の考えを述べるだけではただの薄っぺらい言葉である。


自分の考えたことをどんなに良くまとめてどんなにわかりやすくいい文章で説明していたとしても、ただ自分の考えを述べるだけではただの薄っぺらい言葉である。

だからこそ人間はその自分の意見に根拠を付随させるのだ。


例えば論理的な説明。

これほどまでに正しい根拠というものもなかなかない。

自分の意見はこういった論理的な根拠によって成り立っているのだ。

自分の意見はここのデータから成り立っているのだ。

そういった説明は人々にとってとても正しい根拠であり、信用のできる内容である。

つまり論理的な根拠が付随された意見は信用できる言葉であり、厚みのある言葉だということだ。


例えば肩書。

肩書は論理的な説明よりも意見を正しく補強する者ではないが、どこの誰がそういった意見を言ったという事実が分かれば、その意見は多少なりとも信用できる意見というものになる。

人は人の意見を信用するがゆえにどこの誰かもわからない人から、肩書がつくことによってどこの誰かは知っている人となり、その人の意見を信用するのだ。

あなただって道行く誰とも知らない人の意見よりは家族の意見や友人の意見のほうが信用を置けるだろう?


同じような理屈で有名人の意見というものも信用に値する。

有名なあの人が言っているのだからという付加価値が付く。


一回大きく売れた人はこの有名人に該当し、それ以降の活動がうんと楽になる。

ああ、あの誰それさん!なら信用ができるね!

そんな風に人の意見に価値が付く。


自分より年上の人を敬うって言うのもこれらの理屈に似ているだろう。

一番近いのは肩書だろうか?

確実に自分より長く生きている人という肩書はついている。

更には自分よりも早く生まれているがゆえに自分よりも多くの経験をしているし、自分よりも早く社会に出ている。

自分より優れているとはいいがたいが自分より多くのことをやっているのだ。


若者はよく綺麗ごとを言う。

それは世間に毒されていないからで、現実を知らないからであり、言葉に重みがないから綺麗ごとと一笑されてしまう。

もし心の摩耗していない老人がいたとしたらその人もきっと綺麗ごとを言うだろう。


でも結局は多くの人が賛同する意見に最も価値が付く。

人一人がどんなに自分の意見に価値を付随させても人一人分の価値しか付随せず、どんなくだらない内容でも間違った内容だったとしても、多くの人間が賛同した意見こそが人間の社会の中で正しい意見となるのだ。


だからこそ私は私の意見に賛同してくれる人を探す。

私がどんなに間違った意見を言っていたとしても、私がどんなに見当違いな意見を言っていたとしても、私がどんなにくだらない意見を言っていたとしても、それが多くの人に肯定されれば私の意見に価値はある。

言葉の重みは語った後に勝手につけられるものなのだ。


著:肩書のないコメンテーター


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