尖った個性と専用機
行動が速い人が何か利益を得やすいのは行動回数が増えるからだろう。
とあるゲームで二回攻撃できる剣が優秀なのは単純に手数が多いからだろう。
そもそも行動回数の多い人にその二回攻撃の剣を持たせればさらに多くの回数攻撃ができるだろう。
速い人には価値がある。
足が速い人も価値があるし、誰よりも早く新しい発見をする人にも価値があるし、何かを作る人であっても早いことは素晴らしいことだ。
早さに価値があることがあるのも事実だが、この世の中には早かろう悪かろうというような言葉もある。
結局は総合的な徳があるものに一番価値があるのだ。
だけども何かと差別化をするにあたって飛びぬけた要素というものはとても大切なものなのだ。
変わったものにはそれ特有の良さがあり、凡庸なものには凡庸なものの良さがある。
これは紛れもない事実だし、どっちがいいとは断言できない。
宇宙戦争物の物語において専用機と量産機という言葉がある。
これがそれを強くそれを示している。
量産機は文字通り量産されているので替えが効くし、多くの人がマニュアルにのっとって操作することが出来る。
専用機は選ばれた有能な人にしか使えないけれども量産機をはるかに凌駕した性能で、量産機には及び使にレベルの能力を持つ。
量産機はデメリットを減らすことに特化している。
逆に専用機はメリットを伸ばしデメリットは置いておくようなそんな分け方で考えられる。
専用機は使える人が限られるし、壊れたら直すまで使えなし、バーツに互換性がない場合もあるから直すのにも時間がかかる。
他にも性能がとがっているがゆえに対策が練られやすいし、そもそも専用機が圧倒的に優れているのであれば世の中は専用機であふれていることだろう。
別に兵器とかに限った話ではない。
内容が薄くても早くたくさん書ける人もいるし、時間はかかるけれども重くしっかりした内容を書くことのできる人もいるかもしれない。
足が速い人もいれば、足が遅くとも力強く歩くことのできる人がいるかもしれない。
結局のところ何が良くて何が悪いかなんて場所によって変わってしまうということだ。
人間の個性なんてものもすべて専用機であるのと何も変わらない。
物質的なものが量産機なのに対して人間は一人一人が専用機であり、さっき言ったメリットとデメリットを持っている。
一部の非常に優秀な人間を除いて……
そう!個性だなんて全くどうでもいいのだ。
専用機だ!メリットとデメリットがあるのだ!
それはそうだけど越えられない壁があるよね?って言うのは間違いのない事実だ。
個性なんてその壁を越えられない人のためにあるのだろう。
畜生め!私にはそう毒づくことしかできない。
著:慰めのいらない被害妄想者




