便利な世界でやるべきこと
日々ただやらなくてはいけないことをこなす生活になってはいないだろうか?
ただやらなくてはならないことをこなすだけでは人間として生きていると明言するには足りないと私は思う。
確かにやらなくてはいけないことをやることは大事だし、やらなければならないことをやっているからこそ人間は生きていける。
生きているとやらなくてはならないことがいくつも現れる。
それらは自分が生きていくことにおいて重要だったり、自分の生きる社会にとって重要だったりする。
まあ必要なことなのは間違いがない。
でもそれだけやっていればいいというわけではない。
よく、いつか機械や人工知能に人間の仕事を奪われると言った話を聞くだろう。
奪われて何がいけないのだろうか?
私は是非とも奪って欲しい。
生きていくことに必要なことしかしない人は機械や人工知能とどう違うのだろうか?
むしろ機械や人工知能の方がいろいろと都合がいいだろう。
少し話が飛ぶが、ニートという存在がいるだろう。
大なり小なり理由はあるが働くことよりも養ってもらうことを選んだ者たちだ。
彼らにとって養ってくれる相手というのは非常に重要な相手であるが、別に人間である必要はない。
彼らは働いてはいないがこの世界を楽しんでおり、働いていない人には味会えない幸せを満喫している。
正直私は彼らが羨ましい!
なんて恵まれた環境にいるのだろうか!
やりたくないことはやらなくてよくて、自分のやりたいことをやれる。
もし私がそんな環境にいたのであれば好きなだけ創作活動の時間に当てることができる。
私に環境はそこまでいいものではない。
だからこそ世界が辛い労働を機械や人工知能に任せて機械や人工知能に養われる存在になればもっと色々なものが生まれるだろう。
機械や人工知能にできるのは既存のものを実行することだけ。
人間には何か新しいものを作ることができる。
全人類が生きるために必要な労働が無くなれば人間は好きなだけ消費し、好きなだけ新しいものを生産できる。
もしあなたの生きる世界の機械や人工知能の成長が凄まじいのなら、あなた方人間がやるべきは新しいものの創造。
わざわざやらなくてはいけない労働ばかりやる必要はないのだ。
これからの人間の価値は創造性で決まるだろう。
いや、きっとこれまでもそうだったけどやらなくてはいけない労働に阻まれてその価値すら埋もれさせられてしまっていたのかもしれない。
故に日々やらなくてもいけないことも重要だが、日々創造的行為に勤しむのも大事なことだと私は考える。
著:とある世界の未来志向な魔術師




