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楽しさがつまらなくなる話し方

友人と好きなものの話題で話すのはとても楽しい。

友人と何かを話すというだけでも楽しい。

自分の好きな話をするだけでもまた楽しい。

その両方ができるのであるからとても楽しい。

楽しいことと楽しいことが合わさればそれはとっても楽しいことになり、それはそれは素晴らしい物だろう。

何かと何かをかけ合わせれば大体の事象はいいことに進むことが多いが、残念ながら世の中には例外というものがある。


一樽のワインの中にスプーン一杯の汚水を入れればそれはもう樽一杯の汚水である。

こういった言葉を聞いたことがあるのではないか?

そう、どんなに楽しいことをしている最中にでもほんの少しの不愉快なことで今までのすべてが台無しになることはいくらでもあるのだ。

日本の言葉では水を差すなどだろう。

子供の頃親に宿題をしなさいとか片付けをしなさいだとか楽しく遊んでいる最中にそんなことを言われてとても気分が悪くなったことはないだろうか?

私は毎回そう思っていた。

他にも出先で遊んでいても親に帰るよと言われるとそれまで楽しかったことが嘘のように帰るという行為でつまらなくなってしまう。

まあ私はその時小学生だったので帰りの車で寝てすっかり忘れたのだが。


最初の話とこの話は脈略がないように感じられるだろうが、これらの結びつきは非常に大きい。

楽しいことをしていてもほんの少しの些細なつまらないことで人はその楽しい記憶を苦痛な記憶として覚えてしまうし、感じてしまうのだ。

例えば楽しく友人と趣味の話をしていても、どこからともなく表れた友人の友人の友人の友人みたいな人に余計な口出しをされたら、それまでしていた楽しい話による楽しい気持ちは一瞬にして消えてしまうことだろう。

他にも楽しい話をしているときにほぼ全員が楽しくないと感じるような話題を振る人がいたとして、その人と一緒にお話をしたいと思えるだろうか?

いないと思う。

いやさすがにそんな変わった人はいないだろう。

ならば、そういったことはいろんな人と接するうえで注意しなければならないことであるということが分かると思う。


重要なことは楽しいことを楽しいままでいたいというのが人情だろう。

そうであるのであればそういったことに気を付けてあげることが人間として大事なことなんじゃないかと私はたまに思う。

私はそれを気が付かないうちにやってしまっているから友人が少ないのかもしれないし、もしかしたらその不快に感じる範囲が広すぎてほかの人を寄せ付けていないのかもしれない。

これらをうまくできないと私のように友人が少なくなることだろう。


著:友人が少ない者


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