相手の考えを理解する
1人に人の意見はあくまでも1人の人の意見であり、1人の人が頑張って複数人の意見を装ってもどうしても意見が偏ってしまうので簡単に見破ることができる。
人のことを理解しようと頑張って1人で考えていても結局は1人の意見であり、相手の考えを理解するには至らない。
相手の考えを理解するには多くに人の考えを知り、近い例を参考にして考えるのだ。
人に理解できる考えは、自分の考えと、言語化された考えである。
それ以外の考えはあくまでも自分で予想した考えであり、相手の考えを理解したわけではないのだ。
つまりは1人でうじうじ考えていても相手の考えは何一つ理解できていない可能性が高いということだ。
相手のことを考えて行動するという行為は素晴らしい行為だし、できることなら相手のことを理解してあげたいだろう。
でもそうであるなら本人に意見を聞いたほうが早いのだ。
そうすれば変な空回りをせずに済むし、相手の考え方を理解するきっかけになる。
まあそんなことが出来るのはコミュニケーション能力が高い人なんですけどね。
私のようにコミュニケーション能力の低い人はどこからどこまでを他人に聞いていいのか判別できない人が多い。と思う。
つまりはどこまで話を踏み込んでもいいのかという話である。
コミュニケーション能力の高い人たちはそれをまるで息をするかのようにこなし、相手が応えてくれるぎりぎりをよく見極められている。
それにコミュニケーション能力の高い人たちはもし踏み込みすぎてしまったとしてもその後のケアが非常に上手だ。
私のようにコミュニケーション能力の低い人はそのあたりの能力が不足している場合が多いと思う。
だからこそいつも変な空回りをするし、相手の考えなんてものを自分でひたすら予想し続けるわけだ。
まったく愚かしいことこの上ない。
私だって自分の子の意見に対して他の人がどう考えるだろうかとかを一人で無限に考えてしまっているが、それをして一体何になるのだろうか?
例えばヘイト発言になっていないだろうかとか、誰かを傷つける言い回しになっていないだろうかとか、そもそも文章として成り立っているだろうかとか、面白い文章になっているだろうかとか、相手が感じる感想の部分においてまで考えこんでしまっている。
相手を傷つけるかどうかとかは気にすることで他の人を傷つけることが減り世界にとっていいことかもしれない。
でも面白いかどうかなんてものは結局のところ他人の感想であるし、別に面白くなくとも誰かが傷つくことはない。
それを書いた自分を除いて。
著:相手の考えを考える者




