あなたにとっての強さとは?
強さとは何だろう?
物で言えば強度、これは硬ければ硬いほど強いような印象を受けるが壊れない物こそ強いともとれるよね。
つまりは硬いものが強いのではなくて壊れないものが強いと言えるかもしれないね。
でも人が便利そうに使うのは壊れない物ではなく、壊れるけどある程度硬いものを多用しているような気がしなくもない。
何が強さかと聞かれると目的によってその強さという基準が変わってしまうから安直にこれが強さだと言えることはない。
僕の強さは自分のために戦う人のための強さであって、誰かの人のために戦うものではないし、社会的強さがある強さじゃない。
僕の強さはどちらかというと精神的な強さだろう。
僕は戦ってもある程度強いけど一番強いのは心だと思うし仲間もそういっている。
僕の力は人間の心が楽になるような性質を持ってるし、人間が耐えれない苦痛を人間が耐えれるレベルの苦痛まで下げてくれる。
例えば現代日本と呼ばれるような世界では暴力的な力を持っている人よりも、社会的地位を持っている人のほうが強い人だと思うし、現代日本という世界から見て異世界と呼ばれるような世界では逆に暴力的力を持っている人が強いかもしれない。
その世界がどんな世界であるかによって必要な強さが必要かは変わってくると思うし、競うべき項目が違うのなら話にならないのも又真実なんだと思う。
でもどんな世界であってもどんな環境であっても僕や君たちが人間である限り、人間的強さを持っている人は人間として強いと思う。
逆に言うとどんなに力があってもどんなに賢くてもどんなに地位があっても人間的強さがない人は人間として強くはないし、人間的に強い人間に負けてしまうよ。
人間として生まれている以上ある程度は人間としての強さはあるけど、それを意識して育ててきた人が頭一つ抜けて人間として強いのは他の強さと変わらない。
僕の人間としての強さは自分のための強さだけど、世の中には人間という種族の強さ、他人のために戦える強さを持っている人もいる。
人間としての強さとひとまとめにして話してきたけど、やっぱり人間的な強さも少しずつ違った強さがあるよね。
まあ強さなんて基準は最後に残った人が強かったって話で落ち着いてしまうから今どんなに考えても関係ないんだけどね。
今日はお願いされたからここで僕なりに考えた強さについて語らせてもらったよ。
そして今は僕の都合で君たちの誰にも知られていない存在だと思うけど、いつか君たちに僕の人生の旅路を話すかもしれないね。
また会えるといいね!
著:とある世界の愚者




