目標を絞った努力
人間の能力が等しいことはないし、人間に優劣がないわけではない。
人間には等しく価値があり、人間以外にも等しく価値がある。
ものは生まれた時点で価値を持ち、他人に認められることで優劣を持つ。
最初から価値を認められるものもいれば、努力することによって価値を認められる者がある。
優秀であろうとなかろうと、他人に認められればそれは価値があるものとして認識される。
要は自分に価値があると認めさせればいい。
そこにものの優劣はなく、ただ価値のあるものであるという答えだけが残る。
人は自分が優秀でありたいのか自分に価値がありたいのかを理解していない時がある。
優秀でありたいのは時自分のためで、自分に価値がありたいのも自分のため、意味も効果も似ているために人はそれらを勘違いしがちだ。
でも突き詰めていくと自分がどちらを望んでいるかによって歩む道の違いに気がつく。
どちらもあればそれはより良いことだが、自分がどちらになりたいかを理解していないものは安直に両方を求めてしまい、苦難の道を歩まざるを得ない。
どちらか片方を選べば楽というわけではないが、ふたつを目指すよりも片方だけ目指す方が楽なのは少し考えれば分かることだろう。
あなたはどちらでありたいだろうか?
優秀な人間になりたいのであれば、優秀な人間に考え方や知識を集め、自分の中に溜め込んでいく。
そしてそれらの使いどきをよく考え、さらに自己研鑽に努める。
そうすれば最初から優秀な人に追いつけずともある程度優秀な人になることができることだろう。
価値のある人間になりたいのであれば、他人に自分の価値を認めさせ、多くの人にとっていい人間であるようの努力する必要がある。
他人が欲しいときに欲しい言葉をあげれば自分のことを好きになってくれる。
こう言ったようなことができるようになっていけばいい。
そうすれば私にとって価値のある人として周りから認識されるだろう。
こんなふうに似ていてもなり方が違うものが世界には溢れている。
自分がどちらになりたいのかを認識していないと間違った方になってしまう可能性だってある。
だからまずは自分がどちらになりたいのかをよく考えないといけない。
考えた上で両方なのはまあ仕方がないとして、そうでないなら必要のない努力は極力しないほうがいいだろう。
その必要のない努力の分自分の必要なものの方を努力したほうが早く夢が叶うことだろう。
ただでさえ人間には個体差という者があるのだから、私のように口先だけの人間はしっかりと絞って努力をしなければならない。
そんな気のせいがする。
著:口先だけの努力者




